一日100食限定で、国産牛を贅沢に使ったステーキ丼を提供する「佰食屋」。京都市内でランチタイムのみ営業し、ステーキ丼、ステーキ定食、ハンバーグ定食を合わせて100食売り切ったら暖簾を下ろすという斬新な経営スタイルが注目を集めています。
「100食限定」のキャッチコピーに加え、国産牛をリーズナブルな価格で提供するコストパフォーマンスが支持されるとともに、短時間営業でロスを出さずに売り切る仕組みは従業員の満足度も高めています。
長時間労働や深夜営業のイメージが強い飲食業界で、なぜこのような経営手法に行き着いたのでしょうか。また、オープンから10年が経っても行列が絶えない美味しさの秘密は。代表取締役の中村朱美さんにお話をうかがいました。
営業はわずか3時間半「早く売れば早く帰れる」
── 2012年に「一日100食限定」をキャッチフレーズに佰食屋をオープンしました。前例がほぼないコンセプトを思いついた背景はなんでしょうか?
中村さん:
佰食屋を始める前は、私も夫も普通のサラリーマンとして働いていました。夫は不動産業の営業マンで、私は教育分野の広報と営業に近いような仕事もしていて。営業の仕事って、目標やノルマを達成すれば給料が上がったり、自分の意見を通せたりとインセンティブを感じやすいんですよね。
その一方で、飲食業界は慢性的な人手不足や長時間労働のイメージが根強いですし、普段の倍くらい忙しい土日や大型連休中に出勤したとしても、それに見合う給料がもらえるわけでもない。どれだけ頑張っても対価を得にくいことで、働いている人のやる気をものすごく削いでしまうんじゃないかと思ったんです。
飲食店でもインセンティブのような「頑張った分だけ自分に返ってくる仕組み」を作りたい。そこで思いついたのが、「一日100食限定」という上限でした。一日の食数を決めれば、早く売り切れたら早く帰宅できるし、無理なく働ける。営業マンのインセンティブに最も近づけると思ったのが、コンセプトの由来です。
── メニューや営業形態について教えてください。
中村さん:
メニューは国産牛のステーキ丼、国産牛おろしポン酢ステーキ定食、国産牛100%のハンバーグ定食のみ。税込み1100円(ステーキ定食のみ1210円)で提供しています。営業時間は午前11時から午後2時半までですが、合わせて100食を売り切った時点で、その日の営業はおしまいです。スタッフはだいたい午前9時から9時半の間に出勤して、遅くとも午後17時45には退勤できます。
看板メニューのステーキ丼は夫の得意料理だった
── そもそも、別分野から飲食店、とりわけ肉料理専門店に特化したのはなぜでしょうか?
中村さん:
看板メニューの国産牛ステーキ丼は、もともと夫の得意料理だったんです。赤ワインや醤油などで作った特製ソースをかけたご飯の上に、国産牛のもも肉を贅沢にのせて、またソースをかけて...。それがあまりにも美味しくて「こんなおいしいステーキ丼を独り占めしてしまうのはもったいない」と(笑)。老後に自分のレストランを開くことが夫の夢でしたが、当時はまだ子どももいなかったので「今やろうよ!」と半ば強引にけしかけてオープンさせました。
── ステーキ丼ありきでオープンしたのですね。そのお肉やソースにもこだわっているとか。
中村さん:
いちばん肝になっているのは、ステーキ丼のソースですね。皆さんがイメージするソースって、玉ネギが入った甘めのソースだと思うんですが、佰食屋では国産牛を一緒に煮込んで作っているのが、他には真似できないポイントではないでしょうか。
というのも、うちは国産牛を10〜15kgの大きなブロックで仕入れているのですが、どうしても食べられない血管やスジも付いてくる。普通なら破棄してしまう部分をフライパンで香ばしく炒めて、ソースと一緒に煮込むことで、国産牛の旨味や香ばしさが味わえるんです。お客さんから「このソース、何が入っているの!」と驚かれることも多いですね。
── フードロスの削減にもつながりますね。
中村さん:
フードロスはまったくと言っていいほど出ませんね。一般的に、ブロック肉の可食部分は75%と言われていますが、うちでは90%以上を食材として使っています。京大の研究チームの調査によると、佰食屋のフードロスは一定食あたり1.5g(米粒2、3粒)という結果に。他の飲食店では一食につき30〜120gの廃棄が出るそうなんです。
一般的なお店はお客さんが何人来るかわからないので、食材を多めに用意するしかありません。けれどもうちは「100食」という上限とメニューが3つしかないので、毎日仕入れる量が変わらない。一つひとつの工程に手間をかけられるので、普通の飲食店では捨てられる部位も丁寧に分けてソースに使えるんです。
一時期は韓国のグルメサイトで1位にランクイン
── ほぼ毎日100食を売り切っているそうですが、行列にはなりませんか?
中村さん:
一時期、テレビの影響でオープン前から100人以上が並んでしまい、警察も出動する事態になったことがありまして...(笑)。それ以来、佰食屋では午前9時半から整理券を配布しています。午前11時から30分おきに来店時間を設定して、一人につき4席まで予約できます。好きな時間を選べるので、観光客の方から「ここに観光に行ってから戻ってきたいんだけど何時くらいがいいかな?」と相談されることも多いですね。大型連休期間だと午前9時半前から並んでいる方だけで100食に到達してしまうことがほとんど。平日なら、整理券を持っていなくても席が空いていたら入れます。
── 京都という土地柄もありますし、柔軟なシステムなので観光客の来店が多そうです。
中村さん:
コロナの感染拡大前は、外国からの観光客で半分以上の席が埋まっていることもありました。うちの従業員が「韓国や中国のお客さんが来た時にその国の言葉で接客したい」と自主的に勉強して、各言語の説明シートを用意してくれたんです。そのおかげで海外でも口コミで評判が広まり、一時は韓国のグルメサイトの日本のレストランランキングで1位になったとか。韓国人の方々が大挙して来られたシーズンもありましたね。
── それはすごいですね!「100食限定」というキーワードは「一度は食べてみたい!」というブランディングとしても効果的ですが、中村さんが考える大きなメリットとはなんでしょうか?
中村さん:
やはり、従業員の働き方や働く時間がコンパクトになることですね。毎日の仕事量が決まっているので、残業はまったくありません。また、100食という上限が見えることで、従業員の心の余裕もできますし、モチベーションにもつながっているのではないでしょうか。シフトや勤務時間にもバリエーションを持たせているので、結果として、子育て中の女性や高齢者、介護中の方などさまざまな背景を持った従業員が集まっています。
PROFILE 中村朱美さん
1984年京都府亀岡市生まれ。株式会社minitts代表取締役。専門学校の広報を経て、2012年に「一日100食限定」をコンセプトに「国産牛ステーキ専門店 佰食屋」をオープン。多様なバックグラウンドを持った人材の雇用を促進する取り組みが評価され、2017年に「新・ダイバーシティー経営企業100選」に選出。19年には日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2019」大賞を受賞した。著書に『売り上げを、減らそう。たどりついたのは業績至上主義からの解放』(ライツ社)がある。
取材・文・撮影/荘司結有 写真提供/佰食屋