「当時は不妊治療が保険適用されず、経済的にも精神的にも夫婦ともに追い詰められた」と明かす、中村珍晴(たかはる)さん。大学時代に脊髄を損傷。後遺症のため結婚後は不妊治療を余儀なくされ、出口の見えない暗いトンネルの中で疲弊したそうです。しかし、幸運にも2児の父となり、長男を膝に乗せて車いすで幼稚園に向かう現在、新しい夢を抱くようになったと明かします。