実業家になるスイッチを押した「絶望的な給与明細」

── 卒業文集に「将来の夢は専業主婦」と書くほど、働くことに消極的だったそうですね。
住谷さん:そうなんです。グラビア時代もやりがいを見出せず、人と会うのも苦手。一刻も早く家庭に入り、誰とも喋らず夫の帰りを待っていたい…。そんな究極の専業主婦志向でした。だから夫と喧嘩した際も「今すぐ結婚するか、別れるか」と二択を突きつけ、出会って8か月で強引にゴールインしたんです(笑)。
── ところが、理想の生活はわずか1年で崩れ去ります。
住谷さん:当初は専業主婦になることを希望していたのですが、結婚して約1年後に夫が足に大怪我を負い、長期入院。人気絶頂だった夫の収入がほぼゼロになり、収入は着ボイスでかろうじて入ってくる程度。「月収7000円」という現実に直面しました。結婚当初から私はずっと養ってもらっていたわけだし「よしっ、次は私の番だ!」と。そのとき初めて「私が稼げばいいだけか!」とスイッチが入ったんです。「やってみないとわからない」という思いが芽生えました。
── HGさんは元々、「女性は働かなくていい」という亭主関白な考え方だったそうですね。妻のその変貌には戸惑ったのでは?
住谷さん:夫は結構、昔ながらの考えでした。「今の仕事はすぐにやめて、家に入ってくれ」「自分が養う」と言ったのに、できていないばかりか、妻に家計を助けられていた訳ですから、プライドは傷ついたはずです。でもそこから、20年かけて夫も変わっていきました。私の「取扱説明書」をマスターし、今では私の理不尽な怒りも仏のように受け流してくれます(笑)。
── 今ではプロデュース商品の総売上500億円を誇る実業家ですが、当時は「夫の名前があったから成功した」という声もあったのでは?
住谷さん:それは事実です。「HGさんの奥さん」という信頼があったからこそ、話が進むこともありました。決して私の実力ではないんです。でも、「夫の知名度」という財産をどう生かし、ビジネスとして成立させるかは、もちろん私の戦いでした。
専業主婦になりたかった私が、夫の怪我をきっかけに「何者か」になるチャンスを得られた。一時はプライドを傷つけあったかもしれませんが、夫と出会えて本当に運がよかった。私の一番の成功は、この20年、夫と一緒にこの激動を乗り越えてきたことですね。