「セットメニューを作れ」の助言はブランドの「終焉」を意味した

── 麻辣湯ブームにより、ライバル店が増え、競争はますます激しくなりそうです。

 

石神さん:私が渋谷に1号店をオープンしたのは2007年。鳴かず飛ばずの苦しい状況を経て、2012年に開いた赤坂の2号店から軌道に乗っていきました。以降、麻辣湯を売り物とするライバルの出店を数多く目にしますが、すぐに撤退するお店も見ます。短命で終わるお店の大半は、私自身が「これやったら絶対失敗する」と考える行動をとっていました。

 

── それはどんな行動ですか?

 

石神さん:「セットメニューを作ること」です。私がお店を開くときも、外食の経営者からアドバイスを受けました。「日本人は選ぶのが苦手。トッピングや辛さ、味など複数あっても選べないから、セットメニューを作ったほうがいい」と。

 

たしかに、日本人の国民性も考えると「おまかせ」は楽です。でもセットメニューを5つ作ったら、お客さんは5回の来店でひと通り食べ終わってしまい、麻辣湯の一番の魅力である「無限のカスタマイズ」にたどり着けない。「選べない国民性」だからと「選ぶ楽しみ」を奪ってしまったら、ライバル店と同じく最悪の末路を迎えるはめになってしまいます。

「食のインフラ」麻辣湯は嗜好品を超えて

党参
生薬の一種である党参(トウジン)は麻辣湯などの薬膳料理で中国では古くから親しまれている食材

── しかも薬膳により美容や健康効果もある。女性にとってうれしいですよね。

 

石神さん:外食は「カレーが食べたい」「今日は唐揚げ」など、たいていは嗜好性で選びますよね。でも、麻辣湯は「食物繊維を摂りたい」「鉄分を補いたい」という機能性も加えられる。外食でこの二つのニーズを満たすのは珍しく、稀有な料理だと思っています。

 

私は麻辣湯は単なる流行のグルメではなく、「食のインフラ」になり得ると思うんです。自分の体を自分でメンテナンスするために、1500円を投じる。効率化やタイパが叫ばれる時代だからこそ、あえて自分のために時間をかけて一杯を組み立てる「非効率な儀式」が必要とされている気がします。麻辣湯に対する探求心は尽きません。

 

 

石神さんが「選べない国民性」にあえて不親切な選択を強いたのは、効率の先にある「自分だけの一杯」という体験こそが、飽きられない本物の価値だと信じたからでした。 タイパ(時間対効果)が叫ばれ、何でもお膳立てされる今の時代。あなたは、あえて時間をかけて「迷うこと」や「選ぶこと」に、贅沢を感じる瞬間はありますか?

 

取材・文:百瀬康司 写真:石神秀幸