代官山のピザ店で、1億円の赤字。実業家として奔走する住谷杏奈さんの歩みには、華やかな成功の陰で抱えたある「誤算」がありました。「ネットで稼ぐ」実体のない不安から、実店舗という「確かな場所」を求めて直面した経営の厳しさ。そのどん底で彼女が選んだ合理的な選択とは──。「納得いくまでやり遂げて、いつかは21歳のころに憧れた穏やかな日常へ戻りたい」。 40代の今、最高の「引き際」を迎えるために彼女が仕掛ける、最後の手応えに迫ります。
「1億円の赤字」は、自分の城が欲しかった代償

── 専業主婦から実業家へと華麗なる転身を遂げ、成功を収められた住谷さんですが、すべてが順風満帆というわけでもなかったとのこと。プロデュース商品総売上500億円を記録する一方で、大きな失敗も経験されたそうですね。
住谷さん:後に大ブームとなったフルーツ味の青汁。実は私は15年前に開発していたのです。でもその時代は新しすぎて全く売れず。タイミングを読み間違えたらヒットにはつながらないと学びました。でも、最大の失敗は代官山にピザ屋をオープンしたことです。最終的に1億円以上の赤字を出しました。
── なぜ、ネットビジネスで成功していたのに実店舗だったのでしょうか?
住谷さん:当時はまだ未熟で、ネットの世界で商売をしてきて「自分が何をして稼いでいるのか見えにくい」という実体のない不安があったんです。今は人目なんて全く気になりませんが、当時は人からどう見られるかを過剰に気にしていた時期で。リアルな実店舗という「自分の城」が欲しかった。食器もすべてオリジナルのロゴ入りのものにし、グラスには精巧な金彩の装飾を施し、プレートは子どもが落としても割れないようなメラミン素材でいちから作成。お店のトイレで使うハンドソープやハンドクリームも全てオリジナルで作りました。稼いだお金をすべてつぎ込んで理想を形にしましたが、経営者としては失格でした。

── 行列ができるほどの人気店だったと伺いましたが。
住谷さん:飲食のノウハウを知らなさすぎて、お客さまが来れば来るほど赤字が出るというありえない構造にしてしまっていたんです。子どもが遊べるスペースを広くとりすぎて客席がたりない。キッズファーストのお店だったので居心地が良すぎて回転しない。トリュフなどの高級食材をふんだんにサービスしていた…。
「日本初のカスタマイズトッピングピザ店」ということで好評をいただき、毎日行列ができていました。日によって売り切れる具材が違うので、全種類の具材を多めに仕入れ、廃棄食材は増えるばかりでした。結局、4年で閉店させましたが、後悔はありません。高い勉強代になりましたが、学ぶことが本当に多かったビジネスでした。