2024年、娘・アンナさんが乳がんを公表。夫・梅宮辰夫さんの長きにわたる闘病を支え続けてきたクラウディアさんは、80代にして再び「家族のがん」という試練に向き合うことになりました。がんと共にある暮らしが珍しくない現代において、看病する家族が抱える孤独や、自身の健やかさをどう保つかは多くの人が直面する課題です。母として寄り添う日々、そして自身の健康観や、未来へ立ち向かうポジティブな展望を聞きました。
夫が身をもって示した「がんと共に生きる強さ」
── 2024年に娘のアンナさんが乳がんを公表されました。夫・辰夫さんの闘病を長年支えてきたクラウディアさんにとって、再びの大きな試練です。知らせを受けたとき、どう受け止められたのでしょうか。
クラウディアさん:「なんでアンナなの、私がなればいいのに」って、本当にその思いばかりでした。私はもう80歳を過ぎて十分に生きましたけど、あの子はまだ若いでしょう。代われるものなら代わってあげたい、とずっと思っていました。
いっぽうで、主人が30代のころから何度もがんに向き合い、そのたびに治療を乗り越えていく姿をずっと隣で見てきましたから、「パパも長生きしたのだから、アンナだってきっと治るはず」と信じる気持ちもありました。主人が身をもって「がんと共に生きる強さ」を見せてくれたおかげで、取り乱さずにいられたのだと思います。
── アンナさんが病を公表された際に「自分に順番が回ってきた」と、気丈に話されていたのも、梅宮家が病と向き合ってきた歴史があるからこそですね。
クラウディアさん:梅宮家はこれまでも家族でがんと向き合ってきましたから、自分がなっても不思議はないという覚悟が本人にもあったみたいです。もちろん不安はあったでしょうけれど、過剰に恐れる様子には見えませんでした。もともとアンナは肝が据わっているというか、芯が強いんです。私にはない「勇気」を持っている女性。主人の家系の揺るぎない気質を感じますね。

── 体験を包み隠さず発信し続けるアンナさんの姿勢を、母としてどう見ていらっしゃいますか。
クラウディアさん:隠し続けるほうがかえってつらいこともありますよね。それに、自分の発信が同じ病気で苦しむ人の力になれば、という思いが強かったようです。がんと向き合う姿を見せることで、自分自身を奮い立たせている面もあったのかもしれませんね。