「運転がしたい」具体的な目標を見つけて

── 今は、車いすでアクティブに暮らしていらっしゃいますね。
岸田さん:あるとき作業療法士の方に、歩けなくても車を運転できると聞いて「えっ!そんな未来があるの?」と希望が持てました。私は、車を運転するのが大好きなんです。
車を運転するには、車いすから運転席への移乗ができないといけないし、車いすを引っ張り上げるために筋力をつけないといけない。そう聞いて、初めてリハビリをやる気になりました。
「車いすに乗って出かけられるようになりましょう」「生活に困らないようになりましょう」というおおざっぱな目標でやる気にならなかったのですが、「運転がしたい」という具体的な目標を見つけて、サポートしてもらえればがんばれるということを実感しました。
もうひとつ、車いすでもできる目標を見つけました。入院中、同じ病室の人や医療従事者の人が、よく悩みを打ち明けに来てくれたんです。あんなにがんばっていた整体はもうできないけれど、話を聞くカウンセラーの仕事ならできるかもしれない。
暗黒の入院生活でしたが、「車の運転」と「カウンセリング」という希望を見つけたおかげで、元気になりました。
元気になってくると、どんな状況でも楽しいことや幸せなことはたくさんあるし、自分で作れることに気づきます。入院中も「Tシャツだけでもカッコいいのを着よう」とか「眉毛だけでもメイクしよう」とか。車いすに乗って外へ出られるようになってからは、近くのマクドナルドへ行って好きなことを勉強するのが楽しみでした。
── 退院されてからは、どのような生活になったのですか。
岸田さん:自宅をリフォームしたので、自分ひとりで料理をできますし、お風呂にも入れます。車を運転して、カウンセリングの勉強に通いました。あるとき、勉強のために先生のカウンセリングを受けていたら、滝のように涙が溢れてきたんです。
夫が亡くなってから5年以上たって、初めて自分の心の奥にある深い悲しみに気がつきました。子どもたちのために、「パパは東京で生きていることにしよう」とできるだけ明るく過ごしてきました。そのあいだ、夫を失った悲しみが、こんなにも自分の中にあったことを、見ないようにしていたのだと思います。
そんなに泣いたのは1回きりだったのですが、泣くだけ泣いたら、重い鎧を脱いで羽が生えたみたいに軽やかな気持ちになりました。「私は何でもできる」と楽しい気持ちになったことを覚えています。
── カウンセリングの勉強を生かして、仕事を再開されたのですね。
岸田さん:勤めていた整骨院に復帰して、空いている部屋でセラピーをやらせてもらいました。相手の話を丁寧に聞くことは私にもできますし、「ありがとう」と言ってもらえることは何よりうれしかったです。1対1のセラピーだけでなく、大勢の人の前で話をするきっかけを作ってくれたのは、大学生になっていた奈美でした。
奈美は、大学の先輩が立ち上げたミライロという会社で働いていました。障害を価値に変える「バリアバリュー」を理念に、ユニバーサルデザインのコンサルティングをする会社です。
そこで、私は車いすの扱い方や接し方を教える研修の講師として働くことになりました。
代表の垣内さん自身も車いすに乗っていて、全国で講演活動をしていました。私も、多いときは年間180回もの講演をさせてもらっていました。