新喜劇を辞め、母のそばに…反対したのは母だった

── いっしょに介護をしていたお父さんが2021年に新型コロナウイルスで亡くなったそうですね。それからはお母さんをおひとりで介護されたのでしょうか?
五十嵐さん:私は在宅介護をして母といっしょに生活がしたかったので、家に帰るように母を一生懸命説得したのですが、母はすごく怖がりで、「父がいなくなった今、少しでも家でひとりになる時間があるのは不安だから」と施設に入ることを希望しました。それでいろいろ探して、ある特別養護老人ホームに入ることに。ただ、私は私で母といっしょにいたかったので、そのホームに「介護の仕事をするので、私も雇ってください」とお願いしたんです。
── それはすごい提案ですね。
五十嵐さん:ただ、仕事で介護の経験があるわけではなかったのでいきなり雇ってもらうことは難しく、資格を取ってきてほしいと。それで、他の長期療養型の病院で経験を積みながら資格取得を目指すことにしました。吉本新喜劇の仕事は週末など、たまに続けながら介護施設で働き、その合間に週1回学校に通って、介護資格初任者研修を取りました。
それで母のいる特別養護老人ホームに再び「雇ってほしい」と伝えたのですが、「吉本新喜劇の仕事に合わせてシフトを急に変更することはできないので、働くならここだけにしてほしい」と言われて。それで私は「わかりました」と。母の近くにいられるならばそうしようと思ったんです。でも、それに反対したのはまさかの母だったんです。
── お母さんが反対を?
五十嵐さん:父も兄もそうだったのですが、母にとっても私が吉本新喜劇で活躍している姿を見るのは生きがいで、生きる活力になっていたようです。だから絶対に辞めてほしくないと言われました。母の気持ちを尊重し、介護の仕事は諦めて、吉本新喜劇で働き続けることを決心しました。
実は兄が亡くなった後に私も気力を失くしてしまい、そのときもお笑いを辞めようと思ったんです。でも、それを両親に伝えたら猛反対されて。兄は病室で私が出ている舞台を見るのが大好きだったので、辞めても兄は喜ばない。好きな世界を辞めてなにが残るんだと説得されたことがありました。
── 吉本新喜劇を続けてほしいと五十嵐さんに伝えて間もなく、お母さんが亡くなられたそうですね。
五十嵐さん:はい。吉本新喜劇で引き続きがんばると母と約束してからも毎日電話はしていたのですが、その後、母の具合が悪くなり、私が以前に働いていた長期療養型の病院に移ることになりました。そこで私も母の介護を手伝わせてもらえることになったんです。結局、移ってから4日で母は亡くなってしまったのですが、そのうちの2日間を介護できたことはすごくよかったと思っています。
実は吉本新喜劇で働く前はメイクの仕事を少ししていたのですが、それもあって母の死化粧を最後にさせてもらえました。母の介護を終えての思いは、やはり、ずっと側で介護したかった。今でもそう思っています。