「障害を負ってよかった」と自分に嘘をついた
── 学業と両立しながら監督を務めるとはすごいです。就任してみていかがでしたか。
中村さん:「アメフトでけがをして車いすになった青年が、監督として復帰する」というと、すごい美談じゃないですか。それで当時、テレビなどのメディアによく取り上げられたんです。そのときに、前向きで明るい自分を演じないといけないという面がどうしてもあって。特に指導者というポジションになると、強くいなければならないですし。当時はポジティブでいなきゃと思うあまり、「障害を負ってよかった」と思い込もうとしていました。

でも本心では、まだまだ自分の障害を受容できていないし、しんどい気持ちもあったのに、それを表に出せない。だから外に見せている自分と、本当の自分の気持ちに乖離が生まれていきました。
ある朝、起きたら涙が止まらなくて。グラウンドに行かなきゃいけないのに身体も動かないという状況に陥ったんです。結局、何でもかんでもひとりで抱え込みすぎていたんですね。
── それは大変でしたね…。
中村さん:そのときに僕の相談相手になってくれたのが、大学でスポーツ心理学を教えている先生だったんです。その先生にカウンセリングをしてもらって、「自分は今まですごくつらかったし、苦しかったんだ」と認められるようになりました。それまでは外の世界に合わせてしまって、自分の心の声をキャッチするのが下手だったんですね。
それで、選手やコーチの皆さんに自己開示して、「実はしんどかった」という本音を伝えました。そうしたら、すぐに対応策を講じてくれて。僕がひとりで抱え込んでいた業務を分散してもらった結果、症状は1週間くらいでよくなって、また監督に戻ることができました。
うれしかったのは、監督を務めていた間に関西学生リーグで3年連続優勝できたことです。僕ら天理大学は3部リーグだったんですが、監督を務めた最後の年に2部に昇格することができました。この身体でも努力を積み上げていけば、チームと一緒に目標を達成できるんだと思えたのは、希望と自信になりましたね。