摂食障害で退社し帰郷「心理学への思いが再燃」

── 短大卒業後は、東京で就職されていますね。

 

新開さん:レナウンに就職して海外事業部に配属され、3年後には日本航空に転職、羽田空港でグランドスタッフとして働きました。けれども、20歳ころから人間関係がうまく築けず、摂食障害になり、体重が一気に15キロくらい落ちてしまいました。限界を感じて25歳で島根の実家に戻りました。

 

島根に戻っていろいろ振り返ると、東京での仕事は楽しかった反面、精神的に悩むことが多かったと感じて。大学で心理学を学びたいという思いが再燃したんです。予備校に1年間通った後、26歳のときにAO入試で島根大学教育学部に入学。臨床心理士になるために勉強して、30歳で卒業しました。

 

その後、実家の薬局を手伝いながら、病院の精神科でも週1回摂食障害やアルコール中毒の人にむけてセルフミーティングを開いていました。その仕事も充実していましたが、やはり精神だけでなく身体の両面から人を救いたいという思いが次第に強くなって、再び医師を目指そうと思うようになりました。当時、すでに32歳。自分の思いを周囲に話すと、年齢を理由にみんなには反対されました。

32歳で医師の道を目指した背景にあった父の死

そんななか、唯一、応援してくれたのは父でした。父は私が子どものころは家に不在がちでしたし、両親の仲が悪かったので、家族は安心できる存在ではありませんでした。ただ、母と離婚後にひとり暮らしをしていた際に糖尿病を患っていて。健康面に不安を抱えながら、精神的にも寂しかったんだと思います。私も当時は十分大人になっていたので、父との関係性は子ども時代に比べると穏やかになっていて。そんななかで、「医師になりたい」と告げた娘を父は応援してくれた。しかも周囲が反対するなかで。それが本当にうれしかったんです。

 

でも残念なことに、私が医師になりたいと告げてから半年後に、父は自死してしまいました。父のような人を出したくないという思いも、医師になる決断の後押しになったと思います。