過剰な気遣いから生まれる会議資料の「忖度ページ」

── 自分の素直な感情を共有するのは、理想的に見えて実際は難しそうにも思います。

 

越川さん:
とくにお伝えしたいのは、「過剰な気遣いは生産性を落とす」ということです。

 

過剰な気遣いをすると会議の数が増えます。前職では、オフィスビジネスの責任者を務めていましたが、PowerPoint資料の約24%のページが、上司や顧客への過剰な気遣いのために準備されたものでした。僕はそれを「忖度ページ」と呼んでいますが、忖度ページを追跡調査したら、なんと8割がめくられてもいない。過剰な気遣いから必要のないものを作ってしまっているわけです。

 

過剰な気遣いをなくさない限り、資料を見る上司も作る部下も、互いに無駄な時間を費やしてしまう。

 

── では、過剰な気遣いをなくすにはどうすればいいのでしょうか?

 

越川さん:
ポイントは3つあります。一つは、会議そのものの時間を減らして対話を増やすことです。

 

通常の会議では心理的な安全性がとれず、むしろ過剰な気遣いがたくさん生まれてしまいます。だから、会議の時間を減らして「会話」にするのです。クライアントにも、会議の時間を60分から45分まで短縮してくださいと話しています。「冒頭の2分、雑談をすることで会議での発言数が1.7倍、発言者数が1.9倍になります」と。これは行動実験から明らかになっています。

 

二つ目は、情報共有ではなく、感情を共有することです。オンラインでも対面でも、「みんなと遊びに行きたい」「寂しい」「辛い」などと言い合うんです。言っていいことなのに言うのを遠慮してしまうと、孤立化が始まる原因にもなります。

 

例えばクロスリバーでは、オンライン上でメンバーが素晴らしい発言をしたら、チャットに数字で「888」とコメントをします。「パチパチパチ」、つまり拍手の意味ですね。この数字だけでも相手はとても嬉しいものです。

 

── なるほど。チャットでなら感情を表現しやすい人も多そうです。

 

越川さん:
そうですね。そして三つめは、冒頭でも触れたとおり、明確な議題がない会議をやめることです。山頂が見えない登山が辛いのと同じように、24時間前にアジェンダが配られない会議は、売り上げや利益に良い影響を及ばさないことがわかっています。

 

これらの方法は、私たちクロスリバーでもクライアントでも実践の効果が出始めています。

働き方改革で「実現したいこと」を腹落ちすることが大事

── 働き方改革は、人事と現場の人たちだけが頑張るのではなく、経営層も「なぜやるのか、どうすれば働く人や会社の成長につながるのか」を一緒に考えることが大切だとおっしゃっていましたね。

 

越川さん:
はい。大事なのは、「働き方改革を通じて何を実現したいか」。本来、働き方改革で目指すべき方向は、会社の成長と社員の働きがいをともに高めていくことです。

 

僕は、働き方改革で実現するのは、どちらかというと「働きやすさよりも働きがいで、幸せを感じられること」が大事だと考えています。働く人の幸せと会社の利益を両立させるために、働き方を変える必要があればやりましょうというのが、本来の働き方改革だと思います。

 

ただ「残業をやめて早く帰るように」とするのではなく、報告書や会議の時間を減らすなど、経営陣が勇気を出して現場に自発的な行動を促すことが重要です。トップダウンとボトムアップの両方がなければ、働き方改革で会社と社員の幸せを両立させることはできません。

 

── クロスリバーでもメンバーのみなさんが働きがいを感じられる環境づくりに力を注いでいらっしゃいます。独立や家族の事業を手伝うなどの理由以外で辞めた人は今までいないそうですね。

 

越川さん:
はい。ただ、やはりいいことづくめではありません。メンバーからは「時間管理が大変です」という声も聞かれます。僕でさえ「週休2日のほうがラクだな」と思うときもありますから。

 

実際、今日(取材した日)もこうした取材や打ち合わせが9つ入っていて、さっきまで800人の前で講演していたんですよ(笑)。稼働日に仕事がぎゅっと凝縮されるので、自分を律する意味では勉強にはなりますが、やはり短い時間で成果を出すためには集中力を維持する必要があるのでラクではないんです。

 

栄養をしっかり摂ること、睡眠も6時間以上は確保することなど、健康管理の重要性をひしひしと感じています。