加害者も事故で人生が狂うと気づかされた
── そうした気持ちにどうやって折り合いをつけていったのでしょう。
大東さん:その後、検察庁で事情を聞かれたときに「加害者も被害者も、両方とも被害者です。誰も幸せになりません。ただ、彼がひと言も私に謝ってくれていないことが悲しいです」と正直な気持ちをぶつけました。それを受けて、検察官の方が彼に謝罪を促してくださり、「彼から電話がかかってくると思います」と連絡をいただいたんです。
でも、いくら待っても電話がかかってはきませんでした。彼の中では、もう「なかったこと」にしたいのかもしれません。もちろん謝ってもらえなかったことは今でも悔しいし、残念です。ただ、人をはねたという事実は絶対に消えません。この先、彼は「人をはねた」という十字架を一生背負って生きていくことになります。そう考えると、加害者もまた、事故によって人生を狂わされたひとりなのかもしれない、と思うようになりました。
同時に、もし自分が加害者になってその重い十字架を背負うことになったらと想像すると、すごく恐ろしくて。彼への怒りは「自分は絶対に加害側に回らない」という強い誓いへと変わっていったんです。
── いっぽうで、事故は大東さん自身の生活も大きく変えていきました。仕事が止まり、体も思うように動かない。その時間を、どのように過ごしていたのでしょうか。
大東さん:事故で動けなくなり、順調だった仕事がすべてなくなりました。仕事が生きがいだった私にとっては、アイデンティティを奪われるような苦しみで。それまで動き続けていることで自分を保ってきたところがあったので、それがなくなったときに、どうしていいかわからなくなってしまって。体が思うように動かないのに、「このままじゃいけない。何かしなきゃ」という気持ちだけが空回りして、夜も眠れない時期が続きました。
足のリハビリの一環でヨガを始めたのは、その頃です。最初は膝を支える筋肉をつけるためでしたが、ポーズを取ることに集中している間だけは、事故のことも仕事のことも考えていない自分がいたんです。それがすごく心地よかった。

それまで「何か生産性のあることをしなければ価値がない」と思い込んでいました。でもヨガを通じて、何もしない空白の時間があってもいい。何者でもない自分でもいいと受け止められるようになり、焦りや不安が和らいでいきました。体の回復と並行して、気持ちも立ち直る感覚があり、その延長で資格も取りました。