次男の野球への情熱「支えたい」を力に

── もともとはドライブが趣味で、さまざまな車を乗り継いできたほど車好きだったそうですね。

 

大東さん:昔から車が好きで、運転するのも大好き。免許を取ってからは、いろんな車に乗ってきたんです。休みがあれば実家の名古屋まで運転して帰るくらい、ドライブが好きでした。それほど好きだった運転を、15年間も諦めることになるとは思ってもみませんでした。

 

── それほど運転を避けてきたのに、再びハンドルを握る決意をされたのはなぜでしょう。

 

大東さん:次男の野球がきっかけでした。幼いころから野球に打ち込んでいて、中学3年生になると「侍ジャパンU-15」の代表選考に挑戦するようになりました。さらに所属チームの練習試合や地方大会、全国大会などで、毎週末のようにさまざまな場所へ行く必要が出てきたんです。

 

大東さんが運転を再開したきっかけは次男(中学校時代)の野球のサポートのため

会場は自宅からは遠い茨城や埼玉、福島など遠方の球場も多く、公共交通機関だけではなかなか回りきれなくて。夫が一緒に来てくれることもありましたが、基本的には私がひとりで連れていっていました。前日に現地入りしてホテルに泊まったり、重い道具を抱えて電車やバスを乗り継いだりと親子で移動していましたが、正直かなり負担が大きくなっていました。

 

息子は、私が運転を怖がっていることを知っているので、「車を出して」とは一度も言いませんでした。でも、親としては息子の挑戦を全力で応援したい。「それなら私が車を運転するしかない」、そう腹を括ったんです。

 

── とはいえ、恐怖心を抱えたまま運転を再開するのは、簡単ではなかったと思います。どうやって気持ちを整えていったのですか。

 

大東さん:湧き上がってくる不安を払拭するには、何か自分を奮い立たせる「きっかけ」が必要でした。そこで1年ほど前からディーラーに通いつめ、昔から憧れていたポルシェを思いきって購入することに決めました。「大好きなあの車に乗るんだ」と、自分を鼓舞しないと運転席に座る勇気が出なかったんです。

 

車をお迎えすると、塩で清めて、亡き父に向かって「お父さん、どうか守ってね」と祈りました。今ではすっかり洗車が趣味になっていて、ホイールの裏までピカピカに磨きながら「いつもありがとうね」と、車に声をかけています。