運転手だった父の教え「ルールが命を守る」
── 車に声をかけながら、見えないホイールの裏まで磨き上げる。車と丁寧に向き合う姿勢が安全意識にもつながっているのでしょうか。
大東さん:そう思います。観光バスなどを運転するドライバーだった父の影響も大きいです。父からは、「人にブレーキを踏ませるような運転は絶対にするな」と、厳しく教えられました。ウインカーを出すタイミングも「ルームミラーで後続車がこの位置に見えたら出しなさい」と、具体的に手ほどきを受けたんです。なかでも一番念を押されたのが、車間距離でした。万が一何かが起きても、十分な車間距離さえ確保していれば、それが自分を守る盾になります。
運転を再開したとき、最初は近場を走るだけでも恐る恐るでしたが、次第に所属チームの練習試合や地方大会、全国大会などで各地へ車を走らせるようになりました。夫が同行してくれることもありましたが、ほとんどは私が送り迎えをしていました。気づけば走行距離は2年で4万キロを超えていました。

── 2年間で4万キロとはかなりの走行距離です。それだけ走るようになっても、やはり車への怖さは残っているのでしょうか。
大東さん:決して慣れたわけではありません。今でもアクセルを踏むのが怖い瞬間はありますし、ハッと冷や汗をかくこともある。自分が加害者になるかもしれない重圧からは、きっと一生逃げられないでしょう。
でも、だからこそ当たり前の交通ルールを徹底することが大事だと思うんです。車間距離を取る。標識を見る。ムリな運転をしない。交通ルールは、ただ守らされるものではなく、自分と周りの人を守るためにあるのだと、事故を経験して改めて感じます。
取材・文:西尾英子 写真:大東めぐみ