「病院ではない」考え始めた最期の場所

── 愛聖さんは余命を宣告された状態で日々を過ごしていたのでしょうか?

 

紺野さん:はい。と言っても余命を気にするというより、「今この瞬間を楽しみながら、子どもたちが生きたいだけ生きてくれたらいい。子どもたちが決めたところでいい」と思っていました。もちろんずっとそばにいたいけど、いつかそう遠くない日に別れが来るだろうと覚悟もしていて。

 

また、愛聖が肝硬変を患ってしばらくしたとき、愛聖の主治医がストレートに聞いてきました。「愛聖くんが最期の時間を過ごす場所は、どこを考えてる?」と。「病院は考えていない」「いや、実は俺も同じなんだよ」と意見が合致。最期は本人にとって日常の場所、ずっと支えてきてくれた人たち、お友達のなかで過ごそうという話になりました。

 

最期は心電図のモニター音だけではなく、子どもが好きな音楽をかけてあげたい。お友達にも囲まれて、日常のなかで穏やかに過ごしてほしいと思ったんです。 

 

紺野さんが運営するデイサービス、手前が愛聖くん

── 最期の場所を決めることはとても大切ですが、わが子となるといろいろな感情が湧きそうです。

 

紺野さん:なかなか難しいと思います。私は看護師として別の子どもたちの看取りもしていますが、今でもどの向き合い方がいいのか、正解はわかりません。

 

子どもが障害を持って生まれた時点で、どういう時間を過ごしていくのか…。ある程度、医療従事者や福祉に関わる人が、お母さんや子どもたちの人生と伴走していくのが理想ですが、お母さんたちはどうしても耳を塞いでしまいますし、どの関わり方がいいのか、私たちも模索中です。

 

自分の子どもに関して言えば、子どもが生まれたときから、「たぶん私より先に亡くなってしまうだろう」とはわかっていましたが、「もっと何かをしてあげたかった」と後悔だけはしたくなかった。子どもたちが亡くなった今、後悔がゼロな訳ではないのですが、極力やれることは全部やったと思います。

 

愛聖も最後は外出すら厳しくなっていたのですが、スタッフに協力してもらって、私たちのデイサービスで一緒に寝泊まりしながら、そばで時間を過ごしました。