子ども2人を連れて山奥に向かった先で見たもの

── しかし元旦那さんにはそうした場がなかった?
紺野さん:なかったですね。夫の不貞行為が発覚してどんどん夫婦関係が悪くなりました。私も「障害児しか産めなかった」と自分を責めるようになり、この先、生活を共にするのは不可能だと思って。離婚に至りました。
それまでは、私が仕事に行くときは同居していた義理の母に子どもを任せていましたが、離婚が決まると難しくなりました。私の実家は遠く、両親に毎回子どもを預けるのは現実的ではない。私の職場や生活環境を変える必要が出てきたんです。
── デイサービスなどに子どもを預けて働くことは?
紺野さん:自分の子どもを安心して預けられる場所がありませんでした。当時の上司から「子どもを施設に入れることも考えて、このままこども病院で働いたら?」と言われましたが、わが子を施設に入れる選択肢は全くなく、どんな生活になっても子どもと一緒にいたかったんです。
長男が亡くなって離婚もして、さらに私は大好きだったこども病院を辞めざるを得ない。この先残された2人と共にどうやって生きていけばいいのか…。
「もう終わりだ…死のう」。子どもたちを連れて車で山奥に向かいました。山道に入り、最後に2人の顔を見ようと思って後ろを振り返ったら、愛聖が笑っていたんです。この顔を見て踏みとどまりました。子どもたちを守らないといけないと思いました。