「これ以上、怖いものはない」と母は動き出す
── お子さんの笑顔に救われたんですね。その後、重症児向けのデイサービスを運営することになりました。
紺野さん:以前から「安心して重症児を預けられる施設があれば」と、漠然と考えていました。長男の死、離婚と目まぐるしく環境が変わったタイミングで、改めて思ったんです。わが子は親や学校の先生、医療者など大人ばかりに囲まれて育ててしまった。子ども同士の居場所づくりをしたい、と。そこから実際に重症児向けのデイサービスをつくることを決めて動き出しました。12月にこども病院を退職して、翌年3月にオープンする予定で進めました。
── かなり早い展開ですが、起業や会社経営も初めてだったそうですね。
紺野さん:まったく知識も経験もなかったので、会社設立の本を読み漁り、ほかでデイサービスを立ち上げた方からもアドバイスを受けました。法人登記から銀行の融資、場所やスタッフの確保など…怒涛のような日々でした。当時は重症児のデイサービスが全国でも非常に少なかったので、「社会的に必要だ」と伝えても銀行にはなかなか理解してもらえなくて苦労しましたね。
離婚したとき、「ここまでどん底に堕ちたから、これ以上、怖いものはない」と勢いも手伝って起業に向けて走り出しましたが、途中で怖くなった時期はありました。「1000万も融資を受けたけど、私にできるのか」「本当に大丈夫なのか」って重圧に負けそうになりましたが、動き出している以上、進むのみだと。
その後、17年3月に無事にオープン。こども病院で知り合ったお母さんたちが利用してくれたり、口コミで広がったりしながら軌道に乗っていきました。もともと子どもを預けることに後ろめたさを感じる方もたくさんいましたが、わが子が楽しそうにしている表情をみて、お母さんたちも徐々に表情が柔らかくなって慣れていったような気がします。私自身も新しい光が見えた時間でした。
取材・文:松永怜 写真:紺野昌代