「神の舌を持つ男」として食の世界を席巻した石神秀幸。その彼が、2007年に日本初の麻辣湯専門店を立ち上げた際、待っていたのは喝采ではなく、底の見えない赤字でした。投じた2000万円の開業資金は次第に溶け、震える手で追加融資の書類に判を押す。絶望のなか、石神さんが最後に賭けたのは、現代ビジネスの鉄則である「効率化」にあえて反した「非効率の一手」でした。ブームの火付け役が、5年の暗闇の果てに掴んだ挽回の手法を聞きました。

食べた瞬間の衝撃。「これを日本に広めたい」

── 中国・四川省を発祥とする「麻辣湯(マーラータン)」。石神さんは「七宝麻辣湯(チーパオマーラータン)」のチェーンを展開し、麻辣湯ブームを牽引していますが、創業のきっかけは何だったのでしょうか。

 

石神さん:2003年、シンガポールを旅していたときでした。アジア各地を食べ歩く中で麻辣湯に出会い、「美味しい、楽しい、体にいい。なんて素晴らしい料理なんだ」と、衝撃を受けました。麻辣湯は、トッピングと辛さが選べる薬膳スープ料理です。中国から東南アジアへ広がり、現在では世界中で人気になっています。

 

「麻(マー)=痺れる」「辣(ラー)=辛い」「湯(タン)=スープ」を意味し、花椒の痺れと唐辛子の辛さが特徴的な味わいを演出する。春雨、野菜、肉や魚介などの具材とスープの辛さを選んだら、薬膳スパイスとともにスープで煮込まれて出てくるという流れ。これまで食べたことのない料理に巡り合い、食べてみたらとんでもなかったわけです。

 

当時、日本には麻辣湯のお店は1軒もありませんでしたが、「絶対に日本人にはウケる」と直感しました。中国、シンガポール、マレーシアで200軒ほど麻辣湯を食べ歩き、研究を重ね、同時に本場・中国ではお店で修業も行い、開業準備を進めました。

 

石神秀幸
アジア各地で麻辣湯を200軒ほど食べ歩き、本場・中国では修業を積んだ

── 海外から持ち込まれる料理は日本人向けにアレンジされたものが多く見られますが、麻辣湯も同様なのでしょうか?

 

石神さん:日本人好みのアレンジはいっさいしていません。ただ、現地の味そのままではなく、進化させることを意識しました。というのは、麻辣湯は当時まだ歴史が浅く、屋台のローカルフードという面が強かったため、かなり荒削りな食べ物でした。肝心のスープは多くがチキンパウダーとうまみ調味料をお湯で溶かすだけの簡易的なもの。そのジャンクな部分を洗練し、ひとつの「スープ料理」として磨きあげれば、広く受け入れられると考えたんです。2007年、満を持して東京・渋谷に「七宝麻辣湯」の1号店を開きました。