人生は上り坂と下り坂。どこにいるかが違うだけ
── 岐路に立つことが多い30代、40代に向けてはいかがでしょうか。
志茂田さん:この世代はキャリアや子育てなど、人生が可視化されやすい時期ですよね。「うまくいっている人」と「自信がない人」の差が極端に出ます。でも、人生をもっと長い目で見てほしい。人生は上り坂と下り坂の連続なんです。ずっと同じ道が続くわけではないんです。
── どうしても、今の立ち位置で一喜一憂してしまいます。
志茂田さん:今いる状況が良いか悪いかは、単に「道のどの地点にいるか」という違いだけなんです。今苦しいのは、上り坂の真ん中にいるからかもしれない。坂を上りきった峠の先には、必ず希望が待っています。86年生きてきて言えるのは、どこにいても「まだまだこれから」だということです。
探偵、保険調査員…「フラフラの日々」が宝になった

── かつて「人生9割はムダでいい」というつぶやきが大きな反響を呼びました。
志茂田さん:自分の人生を振り返って、本当にそう思いますよ。僕は6年かけて大学を卒業後、29歳まで20種類以上の職を転々としてフラフラしていました。新聞広告を見て適当に面接に行き、嫌になってその日のうちに辞めたこともあります(笑)。どれも無駄な時間ばかりだったと言えますが、振り返るとそんな日々が楽しかった。
1980年に『黄色い牙』で直木賞をいただきましたが、この作品はフラフラしていた頃に経験した「保険調査員」の仕事がベースになっています。ムダだと思える経験こそが、作家として書くときの血肉になっているんです。
── 犬の健康保険セールスや塾講師、週刊誌記者も経験されたそうですね。
志茂田さん:そうですね、本当にいろんな仕事をして。作家を志してからデビューするまでにも7年かかりました。書いても書いても賞の選考に通らず、「もう書くのを辞めよう」と腐った時期もありましたよ。でも、一度抱いた夢は消えなかった。夢を見失わなければ、自然と夢に近づいていくものです。
── 職を転々とされていたときに、特に印象に残っていることはありますか?
志茂田さん:保険の調査員をしていたときですね。生命保険に加入した方が1年以内に亡くなった場合、そこに事件性がないかを調査員が調べます。故人の家族や関係者、警察に話を聞くのが仕事でした。故人の方の人生や家族との思い出をお聞きしたのですが、誰一人として同じ人生を歩んでいませんでした。どんな方であっても、です。人にはその人だけの生き方や人間関係があり、そのすべてが尊い。無理をして何かを成し遂げなくても、ありのままに生きていれば、十分に豊かな人生だと気づかされましたね。