「暇なら瓦礫を片づけて」被災地で突きつけられた報道の限界

スタジオでニュースを読むほか、みずから被災地や避難所での取材を重ねていきますが、地震発生から2週間ほどが経ったころ、関口さんの心は限界を迎えます。

 

「避難している方にマイクを向けると、『こんな取材いらない』『暇があるならうちの瓦礫を片づけて」と。返す言葉がありませんでした。心身の疲労が溜まっているのはわかりますし、お手伝いしたい気持ちもありますが、事実を伝えるのが私の仕事。でも、私自身も被災し、連日の取材で疲弊していて。これまで大切にしてきた、感情を抑えて客観的に物事を伝えることが、もうできないんじゃないかと思うくらい心が限界に近づいていると思いました」

 

さらに追い打ちをかけるように、大学時代の大親友が亡くなった知らせが届きました。震災から1か月ほどが経った、4月18日のことだったといいます。

 

「原因は脳卒中、突然のことだったそうです。津波の被害でたくさんの方の命が一瞬で奪われたという事実を目の当たりにしていた最中に聞いた、大親友の訃報。大切な人を突然失うという悲しみがどれほど過酷なものか、身をもって知りました」

 

避難指示に加え、福島を去る「自主避難」の動きも加速。「福島はもう人が訪れない場所になってしまうのかな」と、関口さんは深い無力感に襲われます。しかし、絶望の淵にいた彼女を救った光景がありました。

 

「国内外からの支援だけでなく、ご自身も被災者である幼稚園の先生が避難所を回り、子どもたちと家族の様子を懸命に確認している姿を目にしたんです。その献身的な姿勢に私自身が勇気をもらえました。原発や放射線など、暗いニュースが続くなかでも、人の温もりや希望の種を福島から届けていこう。そう、取材の舵を切る決意が固まりました」

「事件は現場で起きている」東京との格差に感じた憤り

福島の「今」を懸命に伝え続けるいっぽう、関口さんの心には、地方と東京の圧倒的な情報格差に対する違和感が募っていきます。

 

「原発事故は福島で起きたのに、東京電力の本社は東京にあって、当初は会見も東京が先。国の政策も、中央省庁から発信されます。映画『踊る大捜査線』で織田裕二さん演じる青島さんが言った『事件は会議室で起きてるんじゃない、現場で起きてるんだ!』という言葉を何度も思い出して。福島にいる自分が本当に役に立っているのかと、悔しくてなりませんでした。

 

何が正しいことか伝えるには、まず私が真実を知らなくてはならない。福島の問題を、感情論ではなく、『構造』として理解したい。目に見えない放射線との闘いのなかで、現場で感じた違和感や疑問をみずから紐解くことこそが大切だと思ったんです。大親友との別れを経て、後悔しない人生を送ろうと決めたことも、海外で学ぶことへの背中を押してくれたように思います」

 

2013年、福島テレビを退社。エネルギー・安全保障政策を専門的に学ぶため、米カリフォルニア大学大学院への留学という、大きな一歩を踏み出しました。

 

「アメリカでは『あのとき何が起きて、何を経験したの?』と積極的に問われます。事実に正面から向き合おうとする議論の土壌がありました」