「毎晩、誰かが殺される夢を見ていた」。20代の10年間をこう振り返るのは、映画監督・映像作家の西坂來人さん(40)です。 幼少期、父親の暴力により一家離散。きょうだい5人で児童養護施設へ入所した西坂さんは、その後自力で道を切り拓き、念願だった特撮映画の制作現場に立つ夢を叶えました。 しかし、夢を生きる華やかな日々の裏側で、20年もの間、おぞましい悪夢が連日のように続いていたといいます。誰にも話せなかった悪夢の正体が、かつての虐待による「トラウマ」だったとようやく気づいたのは、40歳を目前にした時のことでした。

父の暴力で大好きなおばあちゃんが突然、姿を消した

── 西坂さんは、幼少期、父親の家庭内暴力で家族がバラバラになり、きょうだい5人、児童養護施設で生活するようになったそうですね。

 

西坂さん:はい。僕は、福島県の小さな町で兼業農家の長男として生まれました。父はすごく暴力的で、お酒を飲んで暴れるのが日常茶飯事でした。特に母と祖母への暴力がひどくて。ある日、大好きだった祖母が突然いなくなったんです。

 

── おばあさんがいなくなってしまった?

 

西坂さん:それまでも父が母や祖父母に暴力をふるって警察沙汰になることが何度かありました。それが次第にエスカレート。あるとき、父が祖母を殺そうとして祖母は保護され、別の場所へ避難したそうです。僕はおばあちゃん子だったので、あまりにショックで。その一件があって父は精神科に入院していましたが、退院して家に戻ってきた後も、態度は変わらず。昼間からずっと寝て、起きるとまわりに暴力をふるうという、家族にとって不安な状態が続きました。

 

西坂來人
施設で生活していたころの西坂さんとごきょうだい(西坂さんは後列真ん中)

僕が小学5年生のときに、今度は母が命の危険を感じて、僕たち子ども5人を連れて逃げ出すことに。僕たちは児童養護施設で保護され、しばらくの間は母と離れて暮らすことになりました。