無意識に髪を抜く自傷行為。誰にも言えず、二人きりで「社会から孤立」した確かな理由
── ケアを続けるなかで、坂本さん自身の心身にも異変が現れたそうですね。
坂本さん:無意識に髪の毛を1本1本抜いてしまう癖が出ました。大人になってから、それは自傷行為の一種だったのではと知人に指摘され、たしかにと。常に眠れず、母の立てる物音に怯える日々。学校の生活は二の次でした。それでも、陸上部で走っているときだけは、母のことを一瞬だけ忘れられました。
母から「お金がない」と常々言われていたから、中学卒業後の進路は、公立の工業高校に決めました。最短で就職できる道だと考えたんです。将来について、母に相談はできませんでした。
── 工業高校に進学。そしてある日、お母さんから「自分は精神疾患だ」と告げられたそうですね。
坂本さん:うつ病とパニック障害で近くのメンタルクリニックに通院していると言われました。病名以外、症状などの具体的なことは教えてくれなかったので、自分で調べたのですが、文章を読んでもよくわからない。関連して出てくるのは「自殺」などの強い言葉ばかりで、正しいうつ病の情報はキャッチできませんでした。
今思えば、母と一緒に病気を説明してくれる支援者がいれば、気持ちがもっと楽だっただろうなと思います。
── 当時、お姉さんは就職して家を出ており、お義父さんとも別居中。お母さんとふたり暮らしでした。過酷な状況にありながら、なぜ周囲には相談しなかったのでしょうか。
坂本さん:僕以上に母をうまくケアできる人はいない、波風を立てる「余計な存在」はいらない、と思い込んでいたんです。
それに、もうひとつ理由がありました。かつての母はバリバリ働いていて、友人からも「カッコいい」と言われる自慢の存在でした。そんな母が病気になった姿を、誰にも見せたくなかった。母のプライドを守るために、僕は殻に閉じこもることを選んだんです。
今振り返れば、外部の人に心を許すことができず、「家族のことは家族でしか解決できない」という強固な思いがありました。それが壁になって、僕と母は社会から切り離されてしまったんだと思います。
大人になって、あのころの僕たちは「社会から孤立していた」のだと気づきました。当時はそうするしかありませんでしたが、今は思います。母のためにも、自分のためにも、もう少し他者を頼ればよかった。そんな後悔の念はあります。
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家族を愛しているからこそ、誰にも言えない。その「優しすぎるプライド」が、時に支援を阻む最強の壁になります。
あなたの周りで「うちは普通だよ」と笑っているその人は、もしかしたら、かつての坂本さんのように独りで殻の中にいるのかもしれません。誰かを守りたいと願う強い想いが、自分と愛する人を社会から切り離してしまう。この「愛ゆえの孤立」を、私たちはどう解きほぐせばいいのでしょうか。
取材・文:小新井知子 写真:坂本 拓