でも、いじめられる側は絶対に悪くない
── ずっといじめられてつらかったとおっしゃっていました。もし、今いじめられてつらい思いをしている人がいたら、伝えたいことはありますか?
細山さん:まず、いじめられる人は「絶対に悪くない」と伝えたいです。きっと自分を否定され続け、とてもつらい状況にいると思います。やっぱりいじめをするほうが絶対的に悪い。
でも、残念ながら、いじめる人はいじめの自覚がないかもしれません。僕は学校を卒業してから同級生に会う機会があって「あのころはいじめられてつらかった」と、伝えたことがあったんです。でも、その同級生は「え?貴嶺っていじめられていたの?楽しそうにしていたよね?」と。この温度差はなんだろう…と、がく然としました。僕は自殺未遂したほどつらかったのに、相手はちょっとからかっているくらいの感覚だったのかもしれません。
── 自覚のない相手に変わってもらおうと思っても、至難の業だと思います。
細山さん:そうなんです。でも、相手のことは変えられなくても自分自身は変えられます。勉強を頑張ってみたり、ダイエットをしてみたり、何か自信につながることに取り組むと、状況を好転させるきっかけになるはず。もしかしたら、他人が思った通りに変われるわけではないかもしれませんが…。それでも、自分ができる範囲で努力をするのはムダではありません。
もちろんこれは、「いじめられている人間が、変わらなくてはいけない」という意味ではありません。本当につらかったら、逃げたっていいんですから。実際、僕はいじめが原因で小学校のときに3回転校しています。世間では「つらいことに耐え忍ぶ」ことを美徳とし、逃げることを弱さと同義に語りがちです。でも、自分をすり減らす必要はまったくないと、伝えたいです。
勉強やダイエットで自分をアップデートするのも、環境そのものを変えるのも、自分の心を守るために大切なこと。真正面から向き合うだけが正解ではないと、僕は思っています。
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「いじめる人は、絶対に悪くない」。その言葉に救われる人が、どれほどいるでしょうか。理不尽な状況を跳ね返そうと必死に抗った経験、あるいは、今まさに暗闇の中で出口を探している誰かに伝えたい「自分の守り方」はありますか。
取材・文:齋田多恵 写真:細山貴嶺