「無事に産めなくてごめん」。自責の夜を越えた母・永島祥子さんが手にしたのは、ミシンでした。重度脳性まひと診断され、体が棒のように突っ張る息子のため寝る間を惜しんで作り続けたリハビリグッズ。専門家の「頑張りすぎ」という声をよそに、気づけば全国へ届けた数は1000個以上にのぼります。「嶺(れい)がいなければ、この世界の課題に気づけなかった」。絶望を誰かのための「希望」へと変えた母と息子の、12年にわたる記録です。
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「無事に産めなくてごめん」。自責の夜を越えた母・永島祥子さんが手にしたのは、ミシンでした。重度脳性まひと診断され、体が棒のように突っ張る息子のため寝る間を惜しんで作り続けたリハビリグッズ。専門家の「頑張りすぎ」という声をよそに、気づけば全国へ届けた数は1000個以上にのぼります。「嶺(れい)がいなければ、この世界の課題に気づけなかった」。絶望を誰かのための「希望」へと変えた母と息子の、12年にわたる記録です。