「誰も『おめでとう』と言ってくれなかったんです」。作家・岸田奈美さんの母・ひろ実さんは、ダウン症で知的障害のある長男・良太さんの出産をそう振り返ります。ダウン症への理解が今ほどない時代。不安や葛藤が渦巻き、自分を追い詰めてしまったひろ実さん。そんな彼女に最愛の夫が告げたのは「ママが育てなくていい」という、予想もしない言葉でした。なぜそのひと言に救われたのか。夫の言葉に支えられ続けた親子のこれまでに迫ります。
誰も「おめでとう」と言ってくれない出産

── ダウン症の息子さんが産まれたときのことをお聞かせください。
岸田さん:息子の良太が産まれたのは、長女の奈美が4歳のときです。妊娠後期に切迫早産といわれて、産まれる2日くらい前から安静にしていました。「もういつ産まれてもいい」と言われてから2、3日で陣痛が来ました。
赤ちゃんが無事に産まれて、元気な産声を上げてくれてホッとしたのですが、なんだか分娩室の様子がおかしいんです。緊迫しているというか、長女のときと違って、誰も「おめでとうございます」と言ってくれない。夫に話したら、先生や助産師さんがバタバタしているのが夫も気になったそうです。
それで、看護師さんに「うちの息子、何もないですよね」と聞いてみたんです。そうしたら、「えっ」と顔色が変わり「先生から何か聞かれましたか」と言われて。小児科の先生から「ダウン症である確率がかなり高い」と聞いたのは、出産から2日後のことでした。
── そのときのお気持ちは覚えていらっしゃいますか。
岸田さん:あまりのショックで、座っていたパイプいすから崩れ落ちそうになりました。当時の私は、ダウン症という障害を知らなくて、「どうしてダウン症になったんですか」「どうすれば治るのですか」と何度も質問しました。もちろん、治ることはないし、原因もわかりません。「重度の知的障害があるかもしれない」「一生歩けない人や、合併症で寝たきりになる人もいる」という先生の説明を聞いて、「一生、この子の介護をして暮らすのか」と絶望的な気持ちになりました。「もう家族で旅行はできないし、思い描いていたような幸せな生活はできない」と、そのときは思い込んでしまったんです。
今なら、ダウン症で元気に暮らしている人がいることも、社会で活躍している人がいることもわかりますけれど、当時は情報がありませんでした。インターネットは家にはありませんでしたし、もちろんスマホもありません。
夫は行動力やリサーチ力のある人で、ダウン症についてすぐに調べてくれました。市役所や福祉事務所へ行ったり、図書館でお医者さんが読むような分厚い医学書を取り寄せてくれたり。