こだわりが叶わないと大パニックに…

光汰朗さんが赤ちゃんのころから、音楽を聴かせたり漢字を見せたりしていた

── 光汰朗さんの障害に向き合えるようになるまで、さまざまな困難があったとのことですが、子育てで特につらかった時期はいつでしたか。

 

立石さん:幼児期から小学校3年生くらいまでがいちばん大変でした。光汰朗はこだわりがとても強くて、「この道しか通れない」「この服しか着られない」「この電車しか乗れない」などの決まりが数多くあり、自分の希望が通らないと、大きなパニックを起こしてしまいます。ほかにも、朝7時の時報とともに「朝食のひと口目」が始まらないと、途端に癇癪を起こしてしまうため、必死にこだわりに寄り添う日々でした。

 

でも、小学校4年生になったころから、こだわりが緩み始めてきたんです。成長とともに、「できないこともある」ことを学び、理解できるようになったのかもしれません。もちろん、こだわりがまったくなくなったわけではなく、細かいこだわりは今でもたくさんありますが、以前ほどの大パニックは起こらなくなっていきました。

 

── つらい時期を、立石さんはどのように乗り越えたのでしょうか。

 

立石さん:正直に言うと、「うまく乗り越えた」という感覚はありません。ただ、途中で「完璧を目指すのをやめよう」と思えるようになったことが、今に続いているんだと思っています。

 

特性によるこだわりは、「我慢してね」と言って納得できるものではありません。その子の「絶対」なのです。だから私は、こだわりを正すのではなく、こだわりに寄り添うことにしたのです。「これしか食べられない」という食事面へのこだわりがあれば、「それでいいよ」と用意するし、「この靴しか履けない」と服装にこだわるなら、サイズアウトしても同じものが履けるように、事前に買いそろえておく。

 

そうして、こだわりに寄り添う生活を意識し始めたら、光汰朗が癇癪を起こす頻度が格段に減り、私も穏やかに生活できるようになっていきました。