バセドウ病と診断されて14年

鍋谷友理枝
チームメイトからお姉さん的な存在で親しまれた(写真:クインシーズ刈谷)

── その後、バセドウ病の治療とはどのように向き合われたのでしょうか。

 

鍋谷さん:甲状腺眼症は2013年に点滴で2回治療したんです。劇的によくなったわけではありませんが、治療のかいあって、目の突出も徐々に改善していきました。

 

バセドウ病が原因で2014年の春から夏にかけて体重が一気に10キロ落ちたことがあったんですが、ちょうど次のシーズンに向けてトレーニングの負荷をあげたい時期なのに体重は落ちるし、筋力もつかないし…という悪循環で苦しかったですね。

 

一気に体重が落ちたときは手術も視野に入れていたんですが、手術をするとなるとVリーグのオフシーズンの2015年5月あたりが最有力。手術をすれば薬を飲み続ける必要もなくなるのですが、その年は初めて日本代表に選ばれたこともあって、手術を選択せず投薬治療を続けながら様子を見ることにしたんです。病院の先生も私の意思を汲んでくださり、「じゃあ今回は薬を続けましょう」とサポートしてくださいました。

 

その後も定期的に通院をしながら、投薬治療を続けていました。バセドウ病とつき合いながら送った現役生活でしたね。

 

── 鍋谷さんが2012年にバセドウ病と診断されてから14年が経ちます。

 

鍋谷さん:今も3か月に1度の通院は今も続けていますが、薬自体は2024年6月ごろからお休みをしています。数値は安定していて、今は問題なくすごせているんです。バセドウ病とのつき合いも10年以上になるので、今となってはもう隣にいるのが当たり前。病院に通わないほうが怖いくらいです。

 

多分、体を酷使したらまだ現役でプレーし続けられたと思います。病気などいろいろなものとつき合いながら戦ってきたなかで、一度、気持ちをお休みさせてあげようと思い、引退を決断しました。バセドウ病とともにあった競技人生でしたが、「やりきった」と思える部分もあるんです。今は少し寂しさを感じますし、プレーしている選手たちの姿を見ると「いいな。バレーボール楽しそうだな」と思うことはありますが、最後は清々しい気持ちでしたね。

 

取材・文:石井宏美 写真:鍋谷友理枝