3人目の子どもを授かるために不妊治療に通っていた当時「これから私はどう生きたいのか」向き合ってきたという山本モナさんが選んだ道は法曹界でした。20代の同級生に混じってロースクールに通いながら、2度の不合格を乗り越え、弁護士の切符を掴んだモナさん。「もう歳だから」と何かを諦めてしまう人の背中を押せたらと、みずからの経験を語ってくれました。

不妊治療のクリニックで待ち時間に考えた未来

山本モナ
49歳で司法試験に合格した山本モナさん

── 2012年に第1子を出産し、現在は13歳、11歳、6歳の3人の子どもを育てる山本モナさん。昨年、3度目のチャレンジで司法試験に合格し、晴れて弁護士への道のりを歩み始めました。モナさんが受験を決めたのは、3人目を出産して間もないころだったそうですね。子育てがもっとも忙しい時期に、なぜ新しい1歩を踏み出そうと思ったのでしょうか。

 

山本さん:1人目と2人目のときは、子育てでいっぱいいっぱいで、自分のことを振り返る余裕なんてありませんでした。でも、2019年に3人目を産んで、「もうこれ以上、家族は増えないだろう」と思ったときに、初めて「この先の自分」を考えるようになったんです。

 

実はそう思うきっかけになったのが、3人目を授かるために通っていた不妊治療のクリニックでの時間でした。待ち時間がかなり長かったので、必然的にひとりで考えごとをするしかなくて。そこで、「これから私はどう生きたいんだろう」と立ち止まる時間が生まれました。

 

夫は自分で会社を立ち上げ、やりたい仕事に邁進していて、すごく楽しそう。その姿に尊敬の念を抱くと同時に「いいな…」と羨ましさがあって。子どもたちも成長すれば、いずれ手が離れ、それぞれの人生を歩いていきます。そんな未来を想像したとき、「じゃあ、私はどうするの?」と考えるようになり「何かを始めたい」「もう1度仕事がしたい」という気持ちが芽生えたんです。

 

── その思いが強くなるなかで、どんなふうに「次の道」を探していったのでしょう。

 

山本さん:じゃあいったい何をするのかと考えたときに、3人の子育てをしながら組織に属して働くことは、今の私には現実的ではないなと思いました。ある程度、自分で時間を調節しながら続けられて、やりがいがあって長く積み上げていける仕事がいい。せっかく挑戦するなら、少しチャレンジングなことをやってみたいという気持ちもありました。そう考えていくなかで、浮かんだのが弁護士でした。

 

── とはいえ、司法試験といえば、かなりの難関です。挑戦するのにためらいはなかったですか。

 

山本さん:もともと大学時代は法学部だったので、弁護士という仕事が私のなかでそこまで遠い存在ではなかったんです。

 

親戚にも弁護士がいて、「司法試験は1日8時間を3年続ければ受かる」と言われた言葉が、頭の片隅にずっと残っていました。「それなら私も努力すればなんとかなるんじゃないか」と思えたんですよね。当時は、まだ状況を詳しく理解していなかったので、大変だということはわかっていましたが、頑張ってみたいと思いました。

 

弁護士を目指すルートは、ロースクール(法科大学院)に行くか、独学で予備試験に合格して受験資格を得るかの2つです。予備試験はかなりの狭き門ですが、できるだけ早く試験に望める最短ルートを考えると、私には予備試験がいいかもしれない。また、子育てをしながらロースクールへの通学は難しいだろうと考え、最初はオンライン授業で勉強していました。ただ、途中で制度が変わり、ロースクール在学中に司法試験を受験できるようになったんです。

 

制度変更によって、どちらのルートを選んでも受験できるタイミングが同じになった。それなら、ひとりで突き詰めるより、仲間と切磋琢磨できる環境に身を置こう。そう考えて、いちばん下の子が2歳のときにロースクールへの入学を決めました。