「アメフトで脊髄損傷した青年が監督としてグラウンドに復帰」。美談だとメディアで取り上げられた結果、前向きで明るい自分を演じなければと次第に自分を追い詰めてしまった中村珍晴(たかはる)さん。本心では車いすになった自分を受容できていないのに、「障害を負ってよかった」と思い込もうとまでした結果、本当の自分と乖離が生じて、苦悩した過去があります。

事故で脊髄損傷「毎日6時間のリハビリに励み」

── 中村さんはアメフトの試合中の事故で脊髄を損傷して首から下に麻痺が残り、以降は車いす生活をされています。自律神経系の後遺症もあるそうですが、どのような症状があるのでしょうか。

 

中村珍晴
リハビリを重ねて車いす生活が送れるようになった中村さん

中村さん:大きく2つあります。1つは体温調節障害。簡単に言うと汗をまったくかけないんです。人間は暑いところにいると体温が上昇していくので、汗をかくことで身体を冷やして体温を一定に保っているんですけど、僕の場合は汗をかけないから体温がどんどん上がってしまう。事故直後は手術の影響で発熱があったのですが、クーラーの効いた部屋にいても熱が下がらなくて、苦しい思いをしました。今も1時間ぐらい炎天下にいると体温が38度ぐらいに上昇するので、長時間暑い環境にいることは難しいです。

 

もう1つが、尿意・便意がなくなり、自力で排尿・排便もコントロールできない排泄障害です。何か臭うな…と思ったら便が漏れていたということが何回かあって。日常的におむつをつけて過ごさないといけないし、人の尊厳にかかわる部分を失ったのはすごくつらかったです。現在は漏れもある程度コントロールできるようになったのですが、もしそういう状況になったとしても、今は「ごめん、ちょっとトイレに行ってくる」と周囲に伝えることができるようになりました。

 

── 目には見えない部分でのご苦労も大きいのですね。事故から半年後に退院してからは実家に戻り、ご家族のサポートを受けながら丸2年リハビリをされていたと伺いました。

 

中村さん:当時、兄が仕事を辞めて僕の入浴などの介護と、リハビリに専念してくれていました。毎日行うリハビリは3パターンあって、まずは理学療法士の先生が来てリハビリを受ける時間と、ヘルパーの方に手伝ってもらいながら自主トレを行う時間、そして家族のサポートを受けながらリハビリを行う時間。それぞれ毎日2時間ずつ、合計6時間くらいリハビリに費やしていたので、体力がかなり戻りました。

 

身体にも変化が起きて。もともと左手がちょっと動くぐらいだったのが、麻痺は残っているものの両手が動くように。着替えなど、自分でできることが増えていきました。座っていられる時間も長くなり、徐々に車いすの生活に慣れていったんです。