「病気や死」あえてネガティブな要素も入れ

── なぜデジタルで生き物を育てるというアイデアが生まれたのですか。

 

青柳さん:当時の開発担当がものすごく生き物好きで、自身もたくさんペットを飼っていたことが影響しているそうです。生き物を育てるおもちゃを作るならば、本物になるべく近づけたいという思いがあり、通常のおもちゃにある電源OFF機能はありません。生きているという感覚に近づけるため、24時間動き続けるようにしました。

 

あまりネガティブな要素はおもちゃに入れないのが通例なのですが、お世話を怠ると病気になってしまったり死んでしまったりするという、倫理的に衝撃的な要素も盛り込み、生き物らしさをきちんと感じられるようにしました。ただ、挑戦的なことでもあったので、発売前の社内会議では、「本当に売れるのか」という懐疑的な声もあったと聞いています。

 

── お世話をしているとだんだん愛着が沸いてきた記憶があります。

 

青柳さん:私自身も当時、ユーザーのひとりでしたが、画面のなかでピコピコ動いて、本当に生きているみたいだと思っていました。

 

開発段階のときに当時の担当が、たまごっちがきちんと動いているかどうかチェックするため、お休みの土日にも出勤したいと申し出たというのが社内エピソードとして残っています。その際に言ったのが「たまごっちがかわいそうなので」という言葉で、「ここまで愛着が湧くならば売れるかも」という機運が社内であったと聞いています。

大量の在庫を抱え赤字に転落、再ブームの到来

── たしかに、本物の生き物ならば数日放っては置けませんよね。寒空の下で行列に並んでたまごっちを購入した記憶がありますが、なかなか手に入らない経験をした方も多かったと思います。

 

青柳さん:90年代は、安定供給と模倣品対策に苦しめられたそうです。1996年の発売以降、爆発的な流行となり、増産態勢を整えたもののその後の需要の読みがあまりに甘く、大量の在庫を残して会社ごと赤字に転落したという過去があります。在庫の問題が非常に深刻で、1999年3月期にはおよそ60億円の特別損失を計上しました。その後、数年たまごっちの開発をお休みせざるを得なくなるという苦い経験があります。

 

発売の翌年には模倣品が登場し、知的財産権を侵害する違法な製品が世に出回りました。また、模倣品の多くは品質が悪く、安全性の確保が保証されていませんでした。そのためバンダイのオリジナル商品であるということの優位性を担保するため、専用のチームを作って対策に力を入れてきました。2004年にはたまごっちを取り締まるチームたまごっちオフィサーという担当をつけ、今後のたまごっちの方向性を決める体制を整えていきました。

 

── 大量の在庫を抱えて赤字に転落し、開発を休止したとのことですが、2004年にたまごっちは復活を果たしました。なぜ復活の話が生まれたのでしょうか。

 

青柳さん:当時の担当者が、「数年前に発売したたまごっちで、中高生がまた遊び始めているらしい」という噂を耳にしたことがきっかけで、復活の話が現実味を帯びてきました。生き物をおもちゃで飼うというほかにはない魅力がやはりたまごっちにはあるということで、過去の反省を活かし、模倣品対策として意匠登録を行い、権利が守られる体制を作りました。たまごっちは、「かえってきた!たまごっちプラス」として2004年3月に復活を果たし、11月には「祝ケータイかいツー!たまごっちプラス」を発売しました。

 

このタイミングでもう一度、弊社が本来得意とするターゲット層の小学生にメインターゲットを大きく切り替えました。たまごっち同士や、大人が持っている携帯電話と赤外線通信をしてアイテムがもらえるという機能を搭載し、この「プラスシリーズ」は1年でおよそ500万個を発売するヒットとなりました。これがたまごっちの第2次ブームです。

 

2004年発売の「かえってきた!たまごっちプラス」
復活を果たした2004年発売の「かえってきた!たまごっちプラス」/(C)BANDAI