国指定難病の視神経脊髄炎(NMOSD)により、下半身が動かなくなったソプラノ歌手の坂井田真実子さん(46)。「もう2度と歌えない」という医師からの宣告を「運命」と受け入れつつ、懸命にリハビリを重ねていくと奇跡が起こります。

4か月前から体に現れていた激痛サイン

── イタリア・ボローニャへ留学、文化庁「新進芸術家在外派遣員」としてウィーンへの派遣、さまざまなオペラ公演で主要な役を演じるなど、ソプラノ歌手として活躍していた坂井田さん。2016年6月、37歳のときに突然、胸の激痛に襲われたそうですね。当時の様子を教えてください。

 

坂井田さん:倒れる1か月くらい前から、37度台の微熱が続きました。目を開けていられないほど太陽の光がまぶしく感じられたり、腕の後ろ側にピリピリとした痛みがあったりして。しゃっくりも止まらず、会話に支障をきたすほどでした。変だな?とは思ってはいたのですが、ちょうど忙しい時期で。気にしすぎだろうと病院には行きませんでした。

 

ところが2016年6月のある日、突然、40度台の高熱が出て、呼吸ができないくらい胸が痛くなりました。激痛のあまり大号泣するほどだったんです。病院に行くと、帯状疱疹の疑いでステロイドを投与されました。ところが、帰宅しても熱は下がりません。痛みのある胸にものが触れると、飛び上がるほどで。ベッドに横にもなれず、のたうちまわっていました。

 

再度、病院に行き、緊急でMRI検査を受けることになりました。撮影用のベッドに横になったとき、体がガタガタと震えていたのは覚えています。私の記憶はそこで途切れました。意識を取り戻したとき、胸から下の感覚がいっさいなく、まったく動かなくなっていました。