里親の教えが実母から離れるきっかけに
── その後、どのようにして状況を変えていったのでしょうか。
米田さん:中学校の教頭先生との出会いが大きかったですね。教頭先生とたまたまやりとりをすることがあって仲よくなり、教頭室に行ってはおしゃべりをしていました。先生は根掘り葉掘り聞いてくるのではなく、ただそばにいて話を聞いてくれました。家の家事を頑張ってえらいと褒めてくれたり、将来の夢を聞いてくれたり。母の態度は相変わらずでしたが、教頭先生との癒やしの時間があったから、なんとか踏んばることができました。
そんなある日、母に突然「中学校を卒業したらプロレスラーになってお金を稼ぎなさい」と言われたんです。頭ごなしに指図する母を見て「このままだと母に私の人生を食べられる」と、ものすごい恐怖を感じて…。翌日、教頭先生に「児童養護施設に入りたい」と相談しました。教頭先生は関係各所に連絡してくれて、数日後には一時保護され、児童養護施設への入所が決まりました。
── 学校の協力があって、どうにかお母さんと離れられたのですね。でも、日ごろからやさしく信頼していた教頭先生とはいえ、「児童養護施設に入りたい」と伝えるのは勇気がいりそうです。
米田さん:はい、とても緊張したけど、勇気を振りしぼって伝えました。それができたのは、教頭先生が私を温かく受け止めてくださったことと、実は里親のおかげでもあって。
実母との暮らしが決まったときに、里親が「本当に困ったことがあったら、学校の先生に『児童養護施設に入りたい』と言うんだよ」と教えてくれたので、そういう選択肢があることを知っていたんです。児童養護施設の存在すら知らずに、実親との過酷な暮らしを変えることはできないと思い込んでいる子どももいると思うんですよね。
そして何よりも、里親が私を育てるなかで、「愛着関係」をしっかり築いてくれたからだと思います。愛着関係というのは、子どもの心の発達に欠かせない、愛情や信頼の基盤のことです。乳幼児が養育者などの特定の誰かにくっついて安心感を得ることで、心身の健やかな成長がうながされ、将来の対人関係を築く土台となると言われていて。この愛着関係があったからこそ、私は里親の言葉を信じて、実母から離れる決心がついたのだと思います。
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あまりに理不尽な要求をする実母の元を離れ、児童養護施設で再出発することができた米田さん。それでも実母からの連絡を断ちきることはできず、働き出してからもお金の無心に応じてしまう日々。ついに学費が払えなくなり、一時は手段を選ばずお金を稼ぐことを考えた米田さんでしたが、里親が踏みとどまらせてくれたそう。そのときに「血が繋がっていなくても自分を心から愛してくれていたのだ」と心から納得したといいます。そして再開した交流は、2年前に里親のおばあさんが亡くなるまで続いたそうです。
取材・文/小松﨑裕夏 写真提供/米田幸代 漫画/いよかん 取材協力/船木 香(むぎのこフォスタリング機関)、KADOKAWA