株式会社週休3日。インパクトある社名の名づけ親、永井宏明社長が会社を辞めて起業を決意した理由には、育児を「無理ゲー」と感じた出来事が影響しているそうです。(全2回中の1回)

「奥さんに仕事を辞めてもらうのはどうか」

── 永井さんは企業に週休3日の導入をあと押しする、その名も週休3日という会社を2017年に立ち上げました。多くの企業が採用する週休2日にプラス1日休みを増やすことで、会社にも従業員にもメリットがあるという考えだそうですが、永井さんがご自身の働き方に疑問を持ったのは、お子さんが生まれてからだったそうですね。

 

永井さん:今考えると信じられないのですが、私が新卒で入った広告・印刷会社は年休3日くらいしかありませんでした。

 

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そこからWEBのコンサル会社に転職したものの、当時はサービス残業が当たり前で。朝7時半に出社して夜の10時に帰宅する毎日でした。同級生も同じような状況でしたし、自分としては「最初に働いた会社よりはマシだ」と思っていたんです。独身のころはこの働き方でもやっていけたのですが、結婚してライフステージが変わると大変になってきました。

 

妻は教員で、子どもは保育園に預けていました。あるとき、当時2歳の長女が熱を出したことがあって。勤務中に保育園から「お迎えに来てください」と言われ、私が会社を早退して迎えに行ったのですが、それが2回ほど続いてしまい。その後、経営陣と面談をすることになりました。そこで「もっと仕事を集中してやらないとまずいぞ。会社が大事なステージに来ているし、奥さんに仕事を辞めてもらうのはどうか」と言われました。

 

── 今だったらパワハラに当たってしまうような言葉ですね。

 

永井さん:今から20年前は、当たり前の話だったと思います。朝、娘を保育園に送るのは私の担当でしたが、園で顔を合わせる父親は2、3人で、育児の比率は圧倒的に母親が占めていた時代でした。会社は創業10年に満たないベンチャー企業だったので、会社の考え方がわからないわけではありません。でもやはり、自分のなかではこの働き方で仕事と子育てを両立していくことはできないと考えました。

 

会社には引き留められたものの、夫婦で働き続けることを考えると私のほうが仕事を変えやすい職種だったのと、教員を続けたいという妻の気持ちを大事にして、思いきって私が会社を辞めようと思いました。妻に話したら、「収入が継続して得られるならば判断は任せる」とのことでした。29歳のころでした。

 

── その後、どうされたのですか。

 

永井さん:社会人経験が数年あって、自分で何かしてみたいという気持ちがあったのですが、まずは安定した収入を確保するのが先だと思い、専門学校の非常勤講師として週に1回働くことにしました。WEBのコンサル職の経験を通じて、ITがどれだけ仕事を効率化できて、どのように働く人に貢献できるのかについて興味があったので、自分で学びながら生徒さんにもアウトプットできるチャンスだと思ったんです。

 

フリーランスで働こうと思っていたころ、前職のクライアントだった会社の社長さんから「うちに来ないか」と誘っていただきました。「水曜日に専門学校で働くことが決まっているので、ちょっと難しいです」と答えたら、「それなら水曜以外の週4日でいいよ」と。しかも、パートやアルバイトではなく正社員採用で「週5日勤務を4日勤務にするから、給料は年収ベースで5分の4にするのはどうか」と提案を受けました。これなら当時、不安に思っていた子育てと仕事の両立や、収入の問題も解決できると思い、ありがたくお受けしました。

 

── 週4日で正社員として働くことは、当時まだ珍しかったと思います。

 

永井さん:週4日の正社員として働いたこの経験こそ、私が週休3日を広めたいと思った原点です。今思うと、今から20年前にこの考えを持っていた会社の社長さんがすごいと思います。会社で週4日働く自分にも、週5で働く人と同等の評価をしてくれて、存在価値を認めてくれたことがとても心に響きました。各部署との連携を行い、人事制度など会社全体を統括する総務課長というポジションを与えていただきました。2年近く週休3日で総務の仕事をしたあと、当時、離職率が高く、社内で特にテコ入れが必要だった介護事業のマネジメントを任せていただくことになりました。その際、前向きにみずから社長に相談し、週休3日から週休2日の働き方に変え、そこから8年間務めました。