上の階の幼子の足音だけで悲しい気持ちに

── 当時は、ご友人の妊娠報告など、他の人の言動がきっかけで心が傷ついたこともあったそうですね。

 

住吉さん:そうですね。神経が過敏になってしまっていたので、当時は赤ちゃんの「あ」を聞くだけで落ち込んでしまうような感じで…。マンションの上の階に住んでいる子どもの足音を聞いただけで、悲しい気持ちになってしまったこともありました。そんな自分に気づいたときに、「私、相当メンタルにきてるんだな」とハッとして。だって、それらは私が妊娠できないこととは全然関係ないんですから。

 

── それはつらかったですね…。治療を終える決断をするためには、気持ちを整理する時間が必要だったとか。

 

住吉さん:採卵できた最後の凍結胚盤胞(着床できる状態になった受精卵)を移植するかどうか迷っていた時期、もしうまくいかなかったら、私はもう生きていけない、と思い詰めていました。なのに、子宮に移植しても成功する雰囲気ではなくて。年齢も重ねていましたし、採卵をしても胚盤胞にまで成長する卵はなかなか取れませんでした。実質、最後になるであろう胚盤胞を子宮に移植して、もしダメだったら、妊娠できる可能性が本当にゼロになってしまう。その事実に、そのときはまだ向き合える自信がなくて…。それで、一度治療を休むことにしたんです。向き合うことを、先延ばしにしたんですね。

 

でも、結果的にそれがよかった。先延ばしにしたことで心の整理ができましたし、1年後に最後の胚盤胞を子宮に移植することに決めたときは、休む前からは大きく気持ちが変わっていました。結果的にうまくいかなかったけれど、納得して次に進むことができたと思います。

 

 

45歳で4年間の不妊治療にピリオドを打つことを決めた住吉さん。時間をかけて少しずつ今ある幸せに目を向けることができるようになったといいます。かつて不妊治療に必死になっていたころの自分を振り返り、「今はすべてはおばあちゃんになったときのネタだと思える」と語ってくれました。

 

取材・文/市岡ひかり 写真提供/住吉美紀、講談社