「楽しみたい」というニーズに目が向いていない

── 海外にもよく出かけられる渋谷さんから見て、日本のいいところと課題はなんでしょうか。
渋谷さん:日本では、公共交通機関のバリアフリー化が進んでいるし、トイレもきれいで設備は整っています。車いすの人が「生きていくために必要なこと」には、行政や企業ががんばってくれていると思いますが、車いすの人も健常者と同じように人生を謳歌したいと思っているはず。そんな「遊びたい」「楽しみたい」というニーズにも、もう少し目を向けてもらえたらと思います。
たとえば、「海でシュノーケリングをしたい」と思っても、日本では「抱っこはできないので、サポートしてくれる人を連れてきてください」「船を貸し切りにしないと乗れません」などと言われることがほとんどです。
グアムへ行ってシュノーケリングをしたときは、予約サイトから普通に予約をして、「車いすです。歩けません」とメッセージを送ったら「わかりました!」と返事が来ました。船に乗るときは抱っこしてもらって、ほかのお客さんと一緒に、同じ価格で楽しむことができました。
日本では、サポートするためであっても体に触れることには慎重になる方が多いのですが、海外ではタクシーを呼ぶと、運転手さんはお姫様抱っこをする体勢で来てくれます。
── たしかに、生活の不便さだけではなくて、楽しいことができなくなるのはつらいことですね。
渋谷さん:ハワイでは、ほとんどのホテルのプールに自動リフトがついているから、歩けない人もプールに入れるんです。日本では、障害者センターにあるプールにリフトがついているところはあっても、一般のプールでは見たことがないです。ナイトプールでパシャパシャしたいと思っても入れないし、流れるプールで遊ぶこともできません。
障害があったり歳をとったりして、今までできたことができなくなってしまうと、家から出たくなくなってしまいます。どんな体になっても、どんな年代になっても、楽しめる選択肢が削られないように、私は車いすの当事者として発信することで現状を知ってもらうことは大事だと思います。
たとえば、車いすでライブへ行くと、たいてい2階とか3階の専用席に案内されるのですが、できればもっとステージの近くで楽しみたい。アーティストさんや舞台設計をする人によっては、アリーナにやぐらを組んで車いすの席を設けてくれることもあります。そういうことに気づいてくれる人が増えたらいいなと思いますね。
── 渋谷さんはご自身を「現代のもののけ姫」というほど自然豊かな場所に住んでいらっしゃいます。車いすでの生活のしやすさはいかがですか。
渋谷さん:山形県鶴岡市にある私の実家は、来てくれた人が全員びっくりするくらいの山の中にあります。茅葺き屋根の古い家で、バリアフリーにするのが難しいので、私は同市内のバリアフリーの家で寝泊まりしています。市内の移動は車でドアツードアだからラクですね。冬は雪が降りますが、商業施設の車いす用の駐車スペースにも自宅のカーポートにも屋根があるので、濡れずに中に入れます。大きな道路は除雪や融雪をされているから、車いすでの移動もスムーズです。雪をかきわけていくのは、飲み屋へ行くときくらいですね。
ただ、地方には無人駅が増えています。車いすだと電車の乗り降りの際にスロープをかけてもらう必要があるのですが、無人駅だとほかの駅から駅員さんに来てもらわないといけないので大変です。事前に調べてもわからないことがあって、行ってみたら無人ということもあるので。
東京はそういう意味では便利ですが、人が多いから大変なこともありますね。電車で新宿から渋谷まで行くのに30分くらい待っていたことがあります。電車に乗るときと降りるとき、スロープをかけてもらうのに事前に駅員さん同士が連絡を取り合ってくれるのですが、車いす利用者が多いと順番待ちになるみたいで。
車いすに乗っていると130センチくらいの高さなので目に入らないのか、都会だと歩いている人にぶつかられることもしょっちゅうで。道路が狭くて傾斜があるから、まっすぐ進むのに苦労します。タクシーに乗車拒否されることもよくありますし、人が多い都会で車いすで行動するのは大変だなと思います。