ひとり2万円の寿司で感銘を受け「シビアな状況が必要」と痛感

── クラウドファンディングで目標額を達成してから、お店をオープンするまでどれくらいかかったんですか。

 

ビリヤニ大澤
コの字型のカウンター形式で、10席限定の『ビリヤニ大澤』

大澤さん:クラファンの計画をスタートして、8か月後には店をオープンさせました。ちょうど1月にクラファンの話を持ちかけられたときは、配達の仕事もクビになって、やることがなかったんです。うまくいくかも!となってからはもう全力で準備しました。 2月には資本金10万円で会社を立ち上げ、3月には物件を決めて、5月には公開にこぎつけました。

 

── すごい行動力ですね。ビリヤニハウスで作っていたときと、対価を得てビリヤニを提供する今の状況で、いちばんの違いはどんなところにありますか?

 

大澤さん:以前インド料理店で間借りして始めた店を続けるのを断念した理由が、ビリヤニ以外の部分を求められることがしんどいという点だったんです。ほかのメニューとか飲み物とか接客とか…なんならビリヤニよりもそっちが努力のほうが必要な状況がつらかった。それでビリヤニハウスにしようと。とりあえずうまいもんだけ作れば、2時間待たせてもみんな喜んでくれる。だからこそ、味にフォーカスできるはずだと思っていました。

 

それが、考えが変わった出来事がありました。ビリヤニハウスに来てくれた知り合いの食通の方が、「シャリがすごい寿司屋があるから1回食べに行こうよ」って誘ってくれて。年収100万円の僕がひとり2万円の寿司を食べに行くってなかなかのことですが、覚悟を決めて食べに行きました。そしたらもう、人生を変えるくらいおいしかった。そのときに、プロの仕事ってすごいなと思ったんです。

 

ビリヤニハウスは当時、材料費500円で運営していたんですが、味を追求するからという理由で、自分の思いどおりにやっていました。肉はもう1時間煮込んだほうがいいと思えばもう1時間煮込む。炊いていてイマイチ温度が上がっていないと思えば、待たせてでももう30分炊き続ける、みたいな。その蓄積があって、今は時間を調節してできるようになったと思うし、それがよさでもあったんですけど。結局、集まっているのは知り合いで、より厳しい環境…つまり初対面で高いお金をいただいて食べてもらうほうが、より味に厳しくなるはず。シビアな状況で勝負したほうが、より味をしっかり見てもらえるなと思いました。

 

それに、ビリヤニというひとつのメニューだけじゃお店は成り立たないって思っていたけれど、いろいろと考えていくなかで、ひとつのメニューだけでお店が成立するなら自分にもできるなと思いました。それはやってみて判断するしかないと。

 

── それで成立するなら、大澤さんにとっては素晴らしい状態ですよね。

 

大澤さん:味以外の面でも努力することは、飲食店の常識ではあるけれど、接客はいいけどビリヤニがおいしくないとなると、接客なんてどうでもよくなってくるというか。僕はあくまで味で勝負したい。だから、ビリヤニハウスを基準に、なるべくサービス重視にならずに、味だけでストイックに勝負できる状態にできるなら、お店をやるべきだなと思いました。

 

それで考えたのが、同じ時間で予約制にして、カウンターで提供する形です。一斉スタートだから炊きたてを来てくださった方全員に提供できる。もしそんなにおいしいビリヤニが作れるなら、人生かけてやってみようと思いました。それで結局、トータルで1500万円ほど借金しました。

 

── 当時はコロナ禍というのもあって、物件が借りやすかったという状況もあったのですか?

 

大澤さん:それもあります。ただ、当時ビリヤニハウスをやっていた世田谷では物件が見つからなくて。それで、地元はやめて中央線沿線を探していたら、唯一見つかったのが神田でした。オフィス街だから、コロナ禍の時期は一気に人がいなくなってしまったんです。でも、どこでやってもお客さんを呼ぶ自信はありました。単純な話、日本でいちばんおいしいビリヤニを作ったら、日本中からお客さんが来るわけだから。オフィス街でやったからって近所のサラリーマンが来るわけではなくて、みんな予約してわざわざ来てくれる。でも逆に言うと、頑張って予約してわざわざ行きたいと思う店じゃないと、もうやっていけないなと思っています。

 

ビリヤニ
大澤さんは「いつか究極のビリヤニは作れる」と信じて日々精進しているという

僕が作るビリヤニはシンプル。つけ合わせがごちゃごちゃついているようなのは嫌いです。なぜかというと、それはビリヤニのおいしさじゃなくて、エンタメになっちゃっているから。たまには変わったものがいいよねっていう気持ちもわからなくはないんですけど、ビリヤニはそういう食べ物じゃない。何もしなくてもおいしいものをひとつ作れば大丈夫。そのことはもうインドで証明されているんですよ。

 

インドのビリヤニ店の主力メニューは、基本的にひとつかふたつ。チキンかマトンのどちらかなんです。宗教上の理由でベジタリアン向けのビリヤニなんかもあるけど、炊きたてじゃないし、小鍋で炊いているから、そこまでおいしくない。だいたいどこの店も、主力商品だけで勝負しています。この前行った店は、ランチで3000人前炊いていました。1回に150人前が炊ける鍋7つで3回炊いていて。1つの鍋がマトン、6つの鍋がチキンでした。

 

── ひとつのメニューで売り上げのほとんどを占めるとは。

 

大澤さん:しかも同時調理で、全部同じレシピで、ごちゃごちゃしたトッピングもなし。結局みんな、ビリヤニを食べたくて来ているんですよね。

 

味って結局、作る人と食べる人の共通言語だと思います。嫌いなやつが作った飯はまずいかもしれないけど、基本的に努力の成果はどれだけおいしいかにあらわれるし、それがそのまま食べる人の喜びに比例する。おいしさに注力して最大限人を喜ばせたいと、いつも思っています。

 

撮影/土田 凌