不揃いでもみんなが暮らしやすい「雁木(がんぎ)」のような社会へ

「久遠チョコレート」の百貨店での催事の様子
百貨店のバレンタインなどの催事中は、なるべく店頭に立って、お客様とコミュニケーションを取るようにしている

── 「久遠チョコレート」の事業を通して、夏目社長が目指していらっしゃるのはどのようなゴールですか。 

 

夏目さん:「できる、できない」「普通、普通じゃない」などいう区分けをしないで、あらゆる人を受け入れる社会を作ることです。モノサシをとっぱらって、シンプルに人と人が向き合う社会。そのためには、踊り場で立ち止まることも、ときには「右肩下がり」になることも必要じゃないかと思っています。

 

成長も大事ですけど、近視眼的な右肩上がり至上主義では、限りある資源が食いつぶされ、人は疲弊し、社会は窮屈になっていってしまう。

 

作りたいものや実現したいものが先にあって、「そのためにどうすればいいか」を考えるのが、本来やるべきことですよね。ぼくらがバレンタインのイベントに出店させてもらっている大阪の梅田阪急のバイヤーさんは、売り上げ目標よりも「お客さまをワクワクさせてください」と言ってくれます。「今、ワクワクしてくれる若い人たちが、10年後、20年後にメインの顧客になってくれるから」と、目先の売り上げよりもずっと先を見ている。もちろん売り上げ目標も、そのためのプレッシャーも必要ですが、長期的な視野を持つことはもっと大事です。そういう「どこへ向かっていきたいのかを忘れない経済」を、ぼくらは目指すべきなんじゃないかと思います。

 

「久遠チョコレート」代表の夏目浩次さん
代表の夏目浩次さん

──「久遠チョコレート」は、障がいを持つ人や家族にとって希望の星ですね。

 

夏目さん:ぼくは飽き性で、いたって平凡な人間です。それでもパン屋開店から20年間、事業を続けてこられた原動力はなんだろう、と最近よく考えるんです。

 

障がい者の働き方にしろ、少子化にしろ、いろいろな社会課題があって、それがまずいことだとみんながわかっているのに、ほとんどの人が本気でやらない。自分の両手が届く範囲のことを本気でやることで社会は変えられるのに、ダイバーシティとかインクルージョンとか多様性とか、新しい言葉を作ることでやった気になってしまっている。

 

誰かを批判するつもりはないですが、この社会に漫然と漂う、いわば「本気のスイッチを押さなさ感」にはイライラしている。その「どこへボールを投げたらいいのかわからないイライラ感」が、やめずに続けてきたいちばんの原動力なんじゃないかと思っています。

 

今度新しい店を出す上越市では、それぞれの家が軒下に「雁木(がんぎ)」というひさしを作るんです。家ごとに、高さも色も素材もバラバラ。でも、その雁木が連なっていることで、雪の日も濡れずにその下を歩ける。雪の深い土地に自然にできあがった風習なんでしょうね。ぼくが目指しているのはまさにこの雁木みたいな社会です。自分のできる範囲で、誰かのために行動することで、結果的に自分自身も住みやすい社会を作ることができる。見た目はでこぼこで不揃いなんですが、雁木のある景観をぼくはすごく美しいと思います。

 

PROFILE 夏目浩次さん    

なつめ・ひろつぐ。「久遠チョコレート」代表。「第2回ジャパンSDGsアワード」で内閣官房長官賞を受賞。著書に『温めれば何度だってやり直せる チョコレートが変える「働く」と「稼ぐ」の未来』(講談社)。

取材・文/林優子 写真提供/夏目浩次