廃れていく故郷をなんとかしたいと、青森県弘前市にUターンし、弘前アクターズスクールを立ち上げた樋川新一さん。自身がプロデュースしたご当地アイドルのりんご娘のリーダーを勤めていた王林さんが一躍有名になりました。王林さんを「尊敬する」と話す樋川さんに、彼女の魅力とスクール生に伝えていることについて話を伺いました。

 

王林
りんご娘のリーダーとして活躍し、一躍有名となった王林さん

「小3からずっと…」王林のすごいところ

── 弘前アクターズスクールから生まれたりんご娘の王林さんが全国的にテレビでも有名になりました。王林さんが入った頃の印象はいかがでしたか。

 

樋川さん:
彼女は小3から入っていて、今ではいちばん長いです。実は入ったときの印象はそんなになく、いわゆる普通の子。手足が長くて、とにかく細かった、という印象。

 

うちがまったく無名のときによく来てくれたなと思います。本人はモデル志望だけれど気づいたらアイドルの事務所に入っていて、いつの間にかダンスや歌をさせられたと言っていますね。青森にはモデルのスクールもないんで。

 

うちは、オーディションしても応募があるのは10通ちょいくらい。正直、逸材はほぼ来ない雑草集団です。でも本人の努力でどんどん磨かれていく。王林のすごいところは辞めないこと。小3からだと、あとから入った子たちのほうが先に辞めていってしまうのに、彼女はずっと続けていました。

 

王林
「劇団RINGOAME」の舞台に立つ、初々しさが残る王林さん(写真左から3番目、ギターを持って)

王林が小4のときに、親の仕事の都合で引っ越すことになって。東京とは感覚が違うんで、引っ越したらわざわざ通うってことはあり得ない。家と駅との距離も遠いので、子どもが電車にひとりで乗るというのも考えにくい。彼女の親は辞める相談に来たんですけど、「本人がやりたいというなら通わせてみませんか」と提案しました。

 

私も芸能のことはわからないので、いろいろな方の本を読んでいましたけど、大成する人ほど遠いところから通っていた。親の送り迎えに頼るのではなく、自分の足で。でも正直、夜も練習してそこから家に帰って、次の日に学校も行くわけですから大変なんです。でも彼女はやると言って、引っ越したあとも小4からずっと電車で通っていました。