ネットにあふれる育児の情報。何を信じればいいかわからない…。困った新米パパは、自分で育児の課題解決をすべく、育児記録アプリを開発。すでに70万人以上が利用しています。そんな自身の子育てをきっかけにベビーテック企業を創業した、服部伴之さんの思いに迫ります。
正しい子育て情報がないことがきっかけで起業
2010年に第一子を授かった服部さん。初めての子育てに戸惑うなか、偏りのない正しい育児情報を探しましたが、なかなかたどりつけず途方にくれました。
「私はシステム開発やウェブサービスの立ち上げを行ってきたので、情報を探し出す力には自信がありました。それでも、なかなか欲しい情報を見つけられなくて。
当時は裏づけのない情報や個人的な経験・意見が、ネット上に大量に出回っていて、エビデンスにかなう情報なのかを見分けるのにとても苦労しました。
命に関わる育児情報がこんなことでいいのかと衝撃を受けましたね」
信用できる育児情報が手に入らないため、自分で生の育児データを集め、分析して発信しよう、エビデンスに基づいた正しい育児情報を提供したいと服部さんは起業。
制作した育児記録アプリ『パパっと育児』により、今では延べ70万人以上の育児データが蓄積されました。
「これらのデータを国立成育医療研究センターと分析し、共同研究によってエビデンスベースの育児アドバイス発信やサービス開発に活かしています。
また、入力した記録はグラフ等で『見える化』し、子どもの飲食や睡眠サイクルなどの変化とともに、成長をユーザーに実感してもらえるよう工夫しています。
『パパっと育児』では、赤ちゃんの泣き声解析もできます。世界中から集めた泣き声データをAIに学習させ、アルゴリズムを構築しました。精度を高め、現在の診断精度は8割以上です」
育児記録の共有に反対する女性も現れて…
その後、『パパっと育児』に新たな機能が追加されました。
「私自身、家族間のデータ共有はすごく欲しかった機能です。当時はどの育児アプリにもない機能でした。
たとえば、ミルクの量は成長に伴い数週間で変わります。私が赤ちゃんにミルクを飲ませる際、妻に『いまは何㏄?』と聞くと、『そんなこともわからないの?』と言われて落ちこみました。
普段の様子が分かれば、こんなやりとりをしないで済みますよね?」
当時、このアイデアを周囲のママたちに話すと、反対の声があがったといいます。
「『そもそも夫は育児を手伝わない。手伝わない人に日々の様子を知らせてあれこれ言われるのはイヤ』『必要なときに、必要な情報だけを知らせたい』というものでした」
しかし、サービス開始後、データ共有に反対していた人からは意外な反応が。
リアルタイムで育児の様子が伝わるとパパも育児に積極的になり、“夫婦で成長を実感できる良さに気づいた”という声を耳にしたそうです。
「今では、『育児記録の共有でパパが育児に自信を持てた』『ママも安心してパパに任せられる』と評価されるように。
この10年間で、夫婦関係や育児への価値観が大きく変わったと感じます」
テックの力で泣き声を解析して育児をサポート
2018年には、「パパっと育児」では赤ちゃんの泣き声解析ができるようになりました。
「育児に関する困りごとを調査するなかで『赤ちゃんが泣いているのを、なんとかしてあげたい』という声が、たくさん寄せられました。
そこで世界150か国15万人の赤ちゃんの声を分析した結果、80%以上の精度で泣く理由を特定できるようになりました。
母乳育児の方からは、『赤ちゃんが母乳に満足しているか分からず、ずっと不安だったけれど、泣き声解析を使い、泣く理由が空腹ではないと分かって安心した』と言われました。
いっぽうで、AIが泣き声の原因を『空腹』と判定したので食事をさせていたら、食事のあげすぎで『成長曲線を上回っている』と健診で指摘された、というクレームもありました。
成長曲線を上回っていると指摘を受けた方は、医師から『AIに頼らず、ママがしっかりしなさい』と言われてショックを受けたそうです。
AIはあくまで補助であり、その使い方を私たちがサポートしなければと気づかされました。AIに任せておけばOKではなく、AIによるアドバイスをどう活かすかは人間次第です。
先ほどの例では、赤ちゃんは満腹中枢や体内時計が未成熟なので泣き声は「空腹」だったとしても、実際は食べすぎの状態だったのかもしれません。このような可能性も含めて、ユーザーにアドバイスを提供できればと思います」
ユーザーの戸惑いや不安を軽減し、安心してサービスを使ってもらうのが服部さんの使命。
そのためには、蓄積されたデータによるエビデンスに基づき、専門家が分かりやすく解説する必要がありました。
そう考えて2022年3月より、『ベビケアプラスチャンネル』という動画サービスを立ち上げ、専門家監修による育児ショート動画を100本以上公開。
「『質問を送る』コーナーからは、専門家に育児の悩みや疑問を直接質問できます」
赤ちゃんの個性を知ってコミュニケーションを楽しむ
ベビーテックやAIとのつきあい方にはコツがあるようです。
「ベビーテックは、単なる育児のオペレーション効率化のためのツールではありません。また、AIは赤ちゃんの体調や感情への理解を深めるための目安にすぎません。
ベビーテックを使ってうまくコミュニケーションして、家族の時間を楽しんでいただければと思います。
たとえばAIによる泣き声解析で『お腹が空いた』が続いたとしても、『ミルクがたりない?困った!』と悩むのではなく、『うちの子は食いしん坊だなぁ』と、家族でほほ笑むことができればいいですね」
さらに、赤ちゃんの「食」と同様に、悩みが多いのが「睡眠」。同社は、寝かしつけ支援AIベッドライト「ainenne(あいねんね)」を開発、レンタルサービスも開始しました。
睡眠データから推奨する起床や就寝時間を予測してLED光を調節することで、スムーズな寝つきや目覚めを促す仕組みです。
まだ課題があるとはいえ、ベビーテックの進化によって、育児の「困った」がなくなっていく日も近いのではないでしょうか。
PROFILE 服部伴之さん
育児記録アプリ「パパっと育児」、寝かしつけ支援AIベッドライト「ainenne」の開発を手掛けるベビーテックベンチャー、株式会社ファーストアセントの代表取締役CEO。
取材・文/岡本聡子 写真提供/株式会社ファーストアセント(冒頭の画像を除く)