奈良県桜井市で暮らす93歳の「新聞ちぎり絵」作家・木村セツさんの作品が、SNSで人気を博しています。旬の食材や季節のひと皿、身の回りの道具...。新聞のかけらでいちから生み出したちぎり絵はどこか懐かしく、温かみを感じさせます。

 

公式ツイッターのフォロワー数は6万人超え。老若男女をほっこりとさせる新聞ちぎり絵を始めたきっかけや作品を作り続けるモチベーションを伺いました。

ハンバーガーのちぎり絵

 

ハンバーガー。「お肉好きやからお店で食べましてん」(C)木村セツ

「いつまでも勉強せなあかん」背中を押された亡き夫の言葉

新聞ちぎり絵を始めたのは、2019年の元旦。夫の弘さん(享年90歳)を亡くしておよそ1か月後のことでした。ぼんやりと気落ちしたセツさんの「生活のハリになれば」と娘の幸子さんが勧められたちぎり絵で、閉じていた才能が開花したのです。

 

「小さい頃から絵が大嫌いで苦手でしたから。言われたときは『ようせんわ』と思うてましたけれど、いっぺんバラの下絵を描いたら、娘が『おかあさん ようできたやん』と褒めてくれましてね。そこからポツポツと作るようになりまして」

ちぎり絵に没頭するセツさん
ちぎり絵制作に没頭する木村セツさん(撮影:佐伯慎亮)

弘さんと養鶏や農業を営みながら子育てに奔走したセツさんは、これといった趣味がありませんでした。絵を描くことへの苦手意識もあり、初めは躊躇したそう。そんなセツさんの背中を押したのは、亡くなる直前に弘さんが遺したある一言でした。

 

「亡くなる10日ほど前に『いつまでも勉強せなあかんよ』と言うたんです。それが頭に染み込んでいましてね。ちぎり絵するようになってから、おとうさんのことはほんまに思わんようになりました」

 

新聞を隅から隅まで読むのが日課だったと弘さん。弘さんの“形見”が材料となり、セツさんの人生を彩っていることに不思議な縁を感じます。

一押し作品は「ブロッコリー」と「ホットドッグ」

野菜をたっぷりと挟んだハンバーガー。香ばしい匂いが漂ってきそうな焼きサンマ。弘さんの大好物だったうな丼。

 

身近な食べ物や日常にあるものをテーマに作り出されるちぎり絵は思わず感嘆するほど緻密で、新聞紙ならではの味わいにほっこりとします。

 

「食べもんがいちばん作りやすいかなあと思ってね。『これがええなあ』と思うもんが身近になければ、買い物に連れて行ってもらってネタ探しさせてもらっています」

お弁当のちぎり絵
お弁当「黒いゴマ散らしたのが良かった」(C)木村セツ

実物や写真をじっくりと観察して下絵を描き、ピンセットなどを使い、丁寧に新聞紙の「色」を重ねていきます。作る過程で特に大切なのが、新聞紙の色選び。セツさんは「色出し」と呼ぶ作業で、日々の新聞から集めた写真入りのカラーページの中から、作品にあった「色」を選り分けていきます。

 

「細かいところをよく観察して色を選んでいますけどね。選り抜いて探す時間はがとても大変ですけれど、たくさんの紙はしを集めた中から探さなええ色が出ないですなあ」

 

大根の葉っぱの色を一枚一枚変えたり、色の違いで光の当たり方を表現したり。丁寧かつ絶妙な「色」のグラデーションにより、立体的でいきいきとした作品が生み出せるのです。

 

これまで手掛けたちぎり絵は100枚を優に超えています。野菜から日々の食事、さらにはクリスマスツリーやしめ飾りといった季節モノまでテーマはさまざま。セツさんのいち押し作品は「ブロッコリー」と「ホットドック」だそう。

ブロッコリーのちぎり絵
ブロッコリーの小房はよく見ると山の写真。所々に文字が見えるのもクスッと笑える。(C)木村セツ

「ブロッコリーは軸の色が難しくてだいぶ考えました。房のところは山の景色をあちこちちぎって貼ったら『おかあさん、はよおできたなあ』と褒めてくれましてね。ホットドッグは、ケチャップの流れているところが難しかったですねえ」

 

白い文字をあえて混ぜることでジャムの“照り”を表現したり、集合写真をラジオのツマミに使ったり...。新聞ならではの味わいを生かしたセツさんの「観察眼」と「表現力」にも驚かされるばかりです。

“郷里のおばあちゃん”は「老若男女から愛される芸術家」に

新聞ちぎり絵を始めてはや3年目。孫の木村いこさんが開設したツイッターアカウント「90歳セツの新聞ちぎり絵」は6.5万人のフォロワーを抱えています。SNSでの盛り上がりをきっかけに、作品集「90歳セツのちぎり絵」、ポストカード集「91歳セツのちぎり絵」(いずれも里山社)も刊行されました。家族のために人生を捧げてきたおばあちゃんは今や、「老若男女から愛される芸術家」となっています。

ホットケーキのちぎり絵
ホットケーキ。とろっと垂れる蜜は「麻婆豆腐の写真でしてます」(C)木村セツ

セツさんの作品がひとたび公開されると、「新作を楽しみにしていました」「いつも感動をありがとうございます」とたくさんの激励の言葉が寄せられます。SNSに届いたメッセージは幸子さんに読んでもらっているそう。家族からの褒め言葉やSNSに届く温かい言葉が、ちぎり絵を続けるモチベーションになっています。

 

「ほうぼうからお褒めの言葉をいただいて、夢のように思っていますね。みなさんにいただいたコメントで、また一層元気になりまして力が付きます」

 

ちぎり絵はセツさんの人生にとって初めての「趣味」であり、最大の生きがい。時には、家族に注意されるほど、時間を忘れて熱中してしまうことも。日々の食事をとるように、歯を磨くように、新聞ちぎり絵は生活の一部となっています。

 

「私、これ(ちぎり絵)なかったら生きていけません。私の命のある限り、ボケるまでは続けていきたいなあと思います」

 

<後編>夫との死別転機に 93歳の新聞ちぎり絵作家 家族のアイデアでSNSフォロワー6万人超え

 

PROFILE 木村セツさん

1929年奈良県桜井市生まれ。16歳で終戦を迎え、24歳で結婚。3人の娘を育てながら、養鶏や農業、喫茶店などの仕事に励んだ。作品集『90歳セツのちぎり絵」、ポストカード集『91歳セツのちぎり絵』(いずれも里山社)、孫の漫画家・木村いことのコラボレーション絵本「おてがみであいましょう」(理論社)を著書に持つ。4月28日〜5月22日、愛知県など全国8箇所で原画展を開催予定。

取材・文/荘司結有