90歳から新聞ちぎり絵を始め、ユーモラスで滋味深い世界観を生み出す93歳の木村セツさん。遅咲きの芸術家の長女・幸子さんはグラフィックデザイナー、孫のいこさんは漫画家と三世代揃って創作活動に取り組んでいます。
3人で原画展を開くなどともに刺激し合う関係でもあり、セツさんの活動を支える“最大のサポーター”でもある幸子さんといこさん。家族はセツさんをどのように見守ってきたのでしょうか。セツさんの長女・木村幸子さんに話を伺いました。
亡き夫の入院先で見つけたちぎり絵
「父が亡くなってからは居眠りばかりしていて...。このままボーッとしていたら認知症にならへんかなと心配しましたし、生活に楽しみがないとかわいそうやな、何か見つけてあげたいなと思いました」
2018年11月末に夫の弘さん(享年90歳)を亡くしたセツさん。喪失感から気落ちしてしまった母の姿を、幸子さんはこう振り返ります。
セツさんは農業や家事に明け暮れ、これといった趣味もありませんでした。「生活に張りを持たせたい」と幸子さんが思いついたのが、弘さんの入院先に貼ってあった、いろ紙のちぎり絵でした。
「まずは試しにちぎり絵の本を何冊か取り寄せてみました。付録の下絵を紙に写してあげて、新聞をちぎって貼らせてみたらはよできてね。『もっと作ってみたい』と言うので桃とかブドウとか、色鉛筆で下絵を描く練習をさせてみたら、意外に上手く描けていたので感心しました。
どうやら小さい頃に学校で絵の描き方を注意されたのがトラウマになっていたそうなんです。娘(いこさん)も『おばあちゃん、上手に描けてるなあ』と褒めたら、本人もどんどんやる気になっていきましたね」
「デザイナーになっていた可能性も...」娘がうなるセツさんの審美眼
セツさんの作品はどれも色合いが心地よく、絶妙な配色のバランスがみずみずしさを生み出しているように感じます。デザイナーである幸子さんから見ても、セツさんの感性には目を見張るものがあったそうです。
「母は元々、生活の中でも色の取り合わせに敏感でした。一緒に買い物に行っても『このパッケージは前の方がよかったなあ』『この色を入れたほうがいいな』と配色に対する意見をしっかり持っていましたね。ちぎり絵も最初の頃と比べると観察力が鋭くなっていて、端々に注意して色を重ねています。
色探しをしている母の姿を見ていると、デザイナーの職業に相通じるものを感じますね。農業や子育てが忙しくて機会に恵まれませんでしたが、デザイン系の仕事をしていた可能性もあるのかなと思います」
根気強く作品に向き合う母の姿に、幸子さんも刺激を受けているそう。セツさんの作品にアドバイスをすることもあれば、反対にセツさんから意見をもらうことも。仲のよい親娘でもあり、互いの感性を認め合う創作家パートナーでもあるようです。
夫との死別を「自分の楽しみを見つける」転機に
人生の伴侶と死別したことで喪失感を膨らませ、うつや認知症に至ってしまう高齢者は少なくありません。セツさんも一時期は気力を失っていましたが、ちぎり絵に出会ったことで、新たな人生の楽しみ方を見つけました。
「父を亡くしたことで落ち込むのではなく、それを上手く転機に変えて、母だけの楽しみを見つけてあげられました。父が亡くなる前は畑仕事も忙しく、自分のことを考える時間なんて母にはありませんでしたから...。人生で初めて、自分のしたいことを自分の手でできているので、表情もいきいきしています。
認知症予防には手先を使うのがよいとされていますし、新しい作品を日々生み出すことが脳の活性化にもなっていると感じます。『次はどんな題材で作ろう』という意欲が、生活の張りになっているのではないでしょうか」
幸子さんが意識しているのは「よく褒める」こと。作品が上手くできたときは「いいのできたなあ」と褒め、上手くできなかったとしても「ここを変えてみたら?」と励ますそう。セツさんも取材中、「褒めてもらえるのがうれしい」と何度も口にしていました。
「娘もよく母に電話してくれたり、感想を言ってあげたりしています。一人で黙々と作業するのはお年を召した方には難しいと思いますわ。そばにいてるもんが励ましたり、感想を言ってあげたりとか、モチベーションを維持できるのに励ますのは大事でしょうね。」
セツさんの作品が全国に広まったのも、いこさんの発信がきっかけでした。いこさんのツィッターにセツさんの作品を載せたところ、SNS上でたちまち話題に。ツイッターアカウント「90歳セツのちぎり絵」はいこさん、インスタグラムのアカウントは幸子さんがそれぞれ運営しています。昨年にはセツさん、幸子さん、いこさんの作品を展示する「三代原画展」も開かれました。
4月12日には企画展「木村セツ&木村いこ 祖母と孫の2人の2人展 2022」が始まります。互いに刺激を受けながらいたわりあう。そんな家族を包み込む温かい空気感も、それぞれの作品に流れているのかもしれません。
<前編>93歳の新聞ちぎり絵に注目が 芸術家・木村セツ「一押しはブロッコリー」
取材・文/荘司結有