作戦会議のテーブルに積まれたイワシ料理は175匹──。緻密な伏線と世界観で社会現象を巻き起こした『VIVANT』。緊迫した物語を陰で支えたのが「日本一忙しいフードコーディネーター」のはらゆうこさんです。アゼルバイジャンのパンまで手作りした舞台裏から火気厳禁ロケでの奮闘まで、画面からは見えない仕事の裏側を聞きました。
イワシ料理は現地の食文化を徹底的にリサーチ

── 話題のドラマ『VIVANT』第19話で堺雅人さん演じる乃木憂助たちが持ち込んだイワシを食べながら作戦会議をする場面が印象的でした。そもそもフードコーディネーターとは、映像の現場で具体的にどのような役割を担っているのでしょうか?
はらさん:フードコーディネーターの仕事は、映画やCMの撮影で料理を用意するほか、スーパーのメニュー開発やレシピを考える仕事など多岐にわたります。そのなかでも私はドラマや映画の裏方が多いのですが、実は台本には具体的な料理名まで書いてあるとは限らないんです。「夕食を食べている」としか書かれていなかったり、台本にはなくても監督の意向で急遽「食べながら会話する場面」になったりすることもあります。そこで何を食べるのか、監督や助監督さん、美術さんと相談しながら献立を提案して用意するのが私たちの役目です。
あのシーンも、劇中で武器を隠して運ぶためにイワシを使っていて、その後の展開で「イワシ料理を出す」こと自体は決まっていました。ただ、どう調理するか、ほかに何を並べるかは決まっていなかったので、いただいた資料をもとに考えていきました。現地で暮らしている人たちの食事として映像の中になじまなければいけないので、日本っぽい食材が入っていては違和感が出てしまうんですよね。
── どんな資料からメニューを考えたのですか?
はらさん:私はアゼルバイジャンでのロケには同行していないので、現地に行った監督やスタッフの方から、実際に食べた料理や市場に並ぶ食材の写真をたくさんいただいたんです。宗教や歴史、人々の暮らしも教わり、自分でも文献で調べながら献立を考えました。「ハーブをサラダみたいな感覚で食卓に出す」と聞けば取り入れるなど、現地で手に入る食材や食べ方をもとに組み立てていきましたね。
── イワシだけでなく、添えられていたパンまで現地仕様を追求されたそうですね。
はらさん:資料を見ると、アゼルバイジャンのパンは日本で売っているものと全然違ったんです。最初は「フォカッチャに近いのかな」と思ったのですが、現地に行った方から「フォカッチャではないですね」と。たしかに写真を見るとフォカッチャより少し薄い独特のパンでした。日本で買えないなら「じゃあ自分で焼いてみるか」となり、いちから作りました。
── そのシーンではパンも含め、たくさんの食べ物が並んでいて、特にイワシ料理は山盛りでした。何匹くらい使ったのでしょうか?
はらさん:発注したのは175匹だったと思います。食事をするテーブルで地図を広げるシーンがあり、お皿の数や配置も監督と助監督によって綿密に決められていました。お皿に山盛りになる分と、役者さんが食べた分を補充するための分を用意したので、量はかなり多かったですね。当初はそんなに必要になるとは思っていなかったので、パンとイワシの仕込みには何時間かかかりました。
会食のロケ先は火気厳禁、IHも使えず
── 第14話で描かれた、エルサレムでの野崎守(阿部寛)とハン・リンシン(宮下今日子)の密会シーン。あの豪華な会食の裏でも、相当なご苦労があったとか。
はらさん:あのロケ現場は火気厳禁だったんです。IHを使う申請もしたのですが、それもダメで。制作部さんが建物の1階にテントを張って、ガスも使えるサブキッチンを用意してくださったんですけど、実際の撮影場所は14階。「GO」の合図でエレベーターに乗って急いで運んでも、到着する頃には湯気が消えてしまうんです。
そこで撮影場所の近くに電子レンジを5台ほど並べ、直前に温めてすぐ出せる態勢を整えました。ただ、魚が大きくて丸ごとはレンジに入らない。熱い油をかけたときの「ジュワーッ」というシズル感も出したかったのですが、レンジで油を温めても、イメージ通りの画にはならなくて。
── 現場の制約に合わせて、調理や温度管理の工夫まで求められるのですね。
はらさん:事前にテストはしていましたが、あの場所ではぶっつけ本番でした。何度かトライしたところで、監督が「もう少し環境のいい場所で撮り直したほうがいいんじゃないか」と言ってくださって。すごく悔しかったですけど、お芝居にとっても極めて重要なシーンでしたから、あの環境ではこれ以上粘るのは難しいと私も納得しました。
── 料理のカットだけ後日撮り直したのでしょうか?
はらさん:フカヒレは高価なので、「最後にもう一度やらせてください」とお願いして、ソースを温め直し、その場でOKをいただけました。ほかの料理のアップは「改めてスタジオで頑張ろう」となり、別日に撮り直しています。
お芝居がよかったのに、料理で撮り直しにしたくない

── 『VIVANT』は食事をしながらの演技が印象的です。役者さんの食べやすさにもかなり気を配られているそうですね。
はらさん:見た目のリアリティはもちろん、喉につかえたりセリフの邪魔になったりしない工夫が欠かせません。第17話でドラムさんが牢屋の中で食べる肉まんは、喉に詰まらせないか心配だったので、事前に試食テストをしていただきました。大きさだけでなく、中のお肉の比率や生地の柔らかさまで細かく調整しています。
── かなり細かい調整をされていることに驚きます。
はらさん:「お芝居は完璧だったのに、食べ物のせいでNGになり、もう一回撮影になる」ということだけは絶対に避けたいんです。だからこそ、段取りやテストの段階から、現場で起こりそうなことを先回りして見ています。
── ただ「おいしそうな料理」を出せば完成、という仕事ではないんですね。
はらさん: ストーリーやキャラクターによっては、「この人物が作った料理が、こんなに綺麗なはずがない」という場面もあります。登場人物の暮らしや性格を想像しながら、正解のない表現を探していくのがこの仕事の面白さですね。
特に『VIVANT』は、一つひとつの料理にも意味が込められています。それが視聴者のみなさんの考察につながることもありますが、私も監督の意図をすべて把握できているわけではないので、現場でひとつずつ確認しながら仕上げています。
そうして作った料理が物語になじみ、監督に「思ったものが撮れた」と言っていただけた瞬間は、本当にやりがいを感じますね。視聴者のみなさんも本当に細かいところまで観てくださるので、その反応を見て「あぁ、届いてよかった」と胸をなでおろすことも多いです。
取材・文:石野志帆 写真:株式会社Vita