抗がん剤治療で抜ける髪の毛にみた「母の強さ」
── お母さんは、青森ではなく東京で乳がんの治療をすることになったそうですね。
新山さん:知人づてに信頼できる先生を探し、東京で治療することを決めました。心配だったので、近くで治療の経過を見届けたかったんです。当時は、落ち込む暇があるなら、とにかく母のために動こうと必死で、人に聞いて情報を集めて、私にできることがあるならなんでもしようと思っていました。
当時、ブログに闘病経験を書いている方がいたので片っ端から読んで。抗がん剤治療の際に、手足を冷やすと痛みやしびれがやわらぐと書いている人がたくさんいて、病院にも用意はあったものの、私も力になれたらと冷却できるものをたくさん持っていきました。
── 抗がん剤の治療が始まると副作用も出てくると言われています。当時、一緒に生活していたそうですが、お母さんの様子はどのようなものでしたか。
新山さん:副作用については事前に聞いていたんですけど、母からお風呂場に呼ばれて「髪の毛が抜けてくるから、もう切ってけろ」と言われたときに影響の大きさを目の当たりにして。少しずつ母の髪を切っていったら、私がハサミで切った髪の毛よりも、指でつかんだだけで抜けてしまうほうが多かったんです。「こんなに抜けちゃうんだ…」と思わず手が止まってしまって。
母は「どうせ抜けるんだから」と自分で短く切り始めました。絶対悲しいはずなのに母は「見て。私の頭の形、きれいでしょ?」と振る舞っていて。私が母と同じ状況だったら、きっと、もあの前で号泣してしまっていたと思うんです。このときの母の強さは忘れられないですね。今でも母のように、自分がつらいときに明るく振る舞える人になりたいと思っているんですけど、まだまだできないでしょうね。
仕事中に思わず号泣「また歌える日が来るのかな」
── がんになった本人はもちろん、闘病中はご家族の負担も大きいと言われています。お母さんの病院の付き添いと両立して仕事もしていました。笑顔を見せなくてはいけない芸能の仕事で、気持ちを切り替えるのは大変だったと思います。
新山さん:母から「心配をかけるから、なるべく人に言わないで」と言われていたので、事務所の人には伝えていたものの、病気のことを公にはしていませんでした。母からは「千春が笑顔でテレビに出ているのを観るのがお母さんも嬉しい」と言われていました。
私は仕事が大好きなので、現場に行けば元気に普段通り振る舞えていたのですが、一度だけ収録中に号泣してしまったことがあって。歌番組にゲストで出た際に、母がカラオケでよく歌う大好きな曲、中島みゆきさんの『アザミ嬢のララバイ』が流れたんです。この先の不安が大きいなかで、「また元気に歌える日が来るのかな」と思ったら急にスイッチが入って涙が止まらなくて。「どうしたの!?」とびっくりされたのですが、なんとか必死に取り繕いました。
仕事をセーブしながら続けた病院の送り迎えも、私はまったく迷惑だと思っていないのに、母は「仕事を休ませちゃって、迷惑かけてごめんね」と常に言っていました。母は、自分が仕事の邪魔をしていると感じて、申し訳なく思っていたようです。母に「今は体を治すことに専念しよう。仕事は大丈夫だから」と伝えていたのですが、母は自分の体のつらさより、私のことを気づかっていたように思います。
── お母さんも新山さんも悪いわけではないのにせつないです。お互いがお互いを思いやる気持ちが伝わってきます。
新山さん:当時、母のことをどう支えていくのが正解だったかもわからないですし、今でも、あのとき母の負担を減らすためにできることはあったのかなと考えることもあります。
抗がん剤治療を続けるうちに母の体がだんだん弱くなってしまい、「このままだと抗がん剤に負けちゃう」と母が話していて。予定していた回数を最後まですることは出来なかったのですが、母が自分で決断し、先生と相談して中断することを決めました。もちろん母に長生きしてほしいので、治療を辞める決断はちょっと怖かったのですが、母が自分で選択をしてよかったと今も思っています。
手術とこれまで続けてきた抗がん剤治療のおかげで無事にがんを取り除くことができ、10年経った現在も再発はなく、今は「寛解」という状況です。毎回検査の際はドキドキしますね。早く「完治」という言葉が聞きたいです。
10年経った今も後遺症が残り
── 再発は見られないと聞くと、体はよくなったと思ってしまいがちですが、今もお母さんは後遺症と向き合っていると伺っています。
新山さん:抗がん剤によるダメージでむくみや手足のしびれがあり、いまだに歩くと熱い砂利の上を裸足で歩いているような、焼ける痛みがあるそうです。なるべく足の裏に負担がかからないよう、底が厚いサンダルやスニーカーを見つけると「これ、母によさそう」と思って買っています。抗がん剤を乗り越えても、こうやって闘っていかなくてはならないことがあると思うと、「目には見えない痛みやつらさを抱えている人は世の中にどのくらいいるんだろう」と感じますね。
母の姿を見て、笑顔の裏で何かと闘っていて、大変な思いをしている人がいることを知りました。私は今、再婚して不妊治療に取り組んでいるのですが、治療を始めたときにも「見えているものがすべてではない」と思いました。メンタルの状態や体の不調を含めて、もしかしたら近くに悩んでいる人がいるかもしれないので、みんながお互いに寄り添っていけるような優しい世界になってほしいと願っています。
取材・文:内橋明日香 写真:新山千春