「宝塚にいたと言っても『へぇ』で終わる世界でした」。甲状腺がんの手術を機に引退した元トップスターの高嶺ふぶきさん。彼女が次に選んだのは、草刈りやDIY、15時間労働もこなす、島の旅館女将でした。舞台に疲れ果てた心を取り戻す「大切な充電期間だった」と語る、異色のセカンドキャリアのリアルに迫ります。
旅館の女将に転身「リフォームも自分たちで」

── 宝塚歌劇団・雪組男役元トップスターとしてファンをわかせ、退団後も数々の舞台で活躍を重ねた女優の高嶺ふぶきさん。2020年に甲状腺がんが発覚し、手術による声の劣化が予想されたため、引退を決意。次のキャリアとして、山口県にある飲食店兼旅館の女将を選択されました。これはどのような経緯だったのですか?
高嶺さん:手術前に引退を決めたころ、宝塚歌劇団時代の上級生から「山口県周防大島の飲食店兼旅館の女将をしてみないか」というお話をいただきました。未経験の私に声をかけていただいたのは、元宝塚トップの転身先としての話題性やファンの方々の来店など、ある程度集客の可能性も見込んでのことでした。具体的には、ある企業が所有する空き建物をリフォームし、飲食店・旅館として立ち上げて運営する責任者を探していたんです。
── たしかに、いくつものメディアで報じられたり、ファンの方が、高嶺さんが女将だからと訪問している様子がSNSに投稿されたりしていました。でも、今までに経験のない、畑違いのお仕事です。迷いや不安はありませんでしたか?
高嶺さん:ほとんど迷うことなく、むしろ「新しいことをやってみたい」とお受けしました。私はもともと食べることが大好きで、来店者への接客についても宝塚での経験から向いている気がしたんです。それに、自分で生活していかないといけないので、ありがたいお話だと受けとめました。
母とともに周防大島に移住し、準備期間として半年間を費やしました。草刈りから外壁の修理や内装リフォームまで、すべてに関わりながら料理人の方と一緒に地元の食材を使ったメニュー開発も行いました。
「高嶺ふぶき」を誰も知らない世界だった
── リフォームまで!女将さんはある意味「看板」でもありますが、芸能の仕事に比べると裏方としての仕事は多いと思います。その点については?
高嶺さん:まったくイヤだとも感じず、違和感はありませんでした。私、裏方も好きなんです。それに、女将業はこれまでの経歴やスキルは無関係かつ不必要。周囲は、私がどこで何をしていたかを知らない人ばかりです。「宝塚にいた」ということも「へぇ、そうなんだ」という感じで(笑)。
強いて言えば、宝塚時代に身につけた相手がどんな人かを観察して、相手のタイプに合わせてコミュニケーションする技術や、笑顔といい声で挨拶するお客さま対応は役立ちましたね(笑)。お客さまは本当に年齢層が広くて、お子さんからおじいちゃん、おばあちゃんまでいらっしゃいました。
── それは、新鮮な体験だったでしょうね。
高嶺さん:女将として接した相手には農家の方や漁師さん、飲食店の同業者など私がそれまでお会いしたことのない方々が多かったです。私がいた芸能界がいかに狭い世界だったかを痛感し、女将をやってよかったと思いました。ふだんはあまり接することがありませんが、日本各地でいろんな職業や立場の人たちがそれぞれの持ち場を守って、がんばっておられるんだなぁと実感しました。あのまま芸能界に居続ければ出会わなかったはずの人たちと出会って、フラットに話をして「こんなこと考えているんだ」という発見が多々あり面白かったです。
みなさん、「女将さん」と気さくに声をかけてくれました。仕事の合間に「一緒に飲もうよ」と誘われ、席について一緒に飲んだりしましたね。