「ロ、ロ、ローハッド…?症候群っていう難病があってね」

── 不安ですよね。さらに、体重増加や性格の変化など、原因を探っている最中、2歳10か月のときに肺炎で救急搬送されたそうですね。
渡辺さん:はい。搬送される前日に40度の熱を出しましたが、翌朝には平熱に近づいたので様子を見ていたんです。でも、夜にまた熱が上がったので、深夜2時くらいに座薬を入れて、いったん眠りにつきました。その後、朝の7時くらいかな、いつもなら起きてくる時間に瑚々が起きない。隣の布団で寝ている瑚々に声をかけると、全身が真っ白でほとんど呼吸をしていなかったんです…。突然のことでパニックになり、「このままじゃ死んじゃう!」と思わず取り乱しました。慌てて瑚々を抱えて2階から1階に降り、同居している父に状況を伝え、父が急いで瑚々に人工呼吸と心臓マッサージをし、救急車で運ばれました。
病院で検査をした結果、重度の肺炎。子どもでここまで悪化することは滅多にないとも言われました。もしかしたら、このときローハッド症候群を発症していたのかもしれません。急激な体重増加、呼吸状態の悪化、斜視、性格の変化など、あとから考えればローハッド症候群と言われる症状がいくつか出ていましたが、世界的でも200人程度しかいない病気なので、当時は誰にもわかりませんでした。
── 救急搬送後は、娘さんの容態はいかがでしたか?
渡辺さん:数日後には肺炎も落ち着き意識を戻しましたが、体内のサチュレーション(酸素飽和度)の数値はなかなか安定しませんでした。1か月ほど入院したのですが、3歳の誕生日は自宅で迎えようとなって、在宅酸素療法を続けることを条件に退院。今後は外来に通いながら呼吸状態を調べていくことになったんです。でも、誕生日を迎えた翌日に再度呼吸状態が悪化して救急外来を受診し、そのまま再入院となりました。
再入院後はしばらくPICU(小児集中治療室)で過ごし、一般病棟に移ったのは数日後です。おしゃべりをしたり、院内を動き回ったり、見た目には元気そうに見えましたが、呼吸状態が改善したわけではありません。夜間は酸素マスクやバイパップ(口や鼻にあてて使う人工呼吸器)をつけてどうにか呼吸を保つ状態でした。
また、しばらく瑚々の診断名がついていませんでしたが、再入院から1か月して、初めてローハッド症候群の名前が出てきたんです。大学病院の医師でさえ聞きなれない病名のようで「ロ、ロ、ローハッド…?症候群っていう難病があってね」と言われて、まだまだ未解明の難病だけど、もしかしたらその疑いがあると言われました。
── 医師さえも聞き慣れない難病の可能性があると言われてた当時の心境は?
渡辺さん:まったく受け入れられませんでした。世界で希少な難病なんて言われたら生きていけない。先生に「瑚々ちゃん、性格変わりましたか?」「怒りっぽくないですか?」と聞かれても「入院が長くなって、そのストレスじゃないですかね」「もともとイライラしやすい面もある」と答えてしまい…。当時はただ、病気を認めたくなかったんです。
それに、どうしても元気だった頃の瑚々を思い浮かべてしまうんです。いつもニコニコおしゃべりを楽しんでいた瑚々が忘れられなくて、「今はたまたま怒りっぽいだけなんじゃないか」と、自分を思い込ませていた部分もあったと思います。
その一方で、誰にも言えませんでしたが、明らかに怒りっぽくなり、体重が増え続ける娘を見て「本当に自分の娘なのか…」と思ってしまったこともあります。
再入院は1年以上に及びましたが、その間に2度も意識障害を起こし、PICUに運ばれました。2回目の意識障害のときには、呼吸状態を安定させるために、気管切開(肺に空気を送ったり、痰を吸引しやすくするために気管に孔を開けること)を勧められました。