アスリートの男女比はほぼ同数にも関わらず、指導者の女性の割合は1〜2割と低いのが現状です。元女子バレーボール代表の竹下佳江さんが10年前に女子プロバレーボールチームの初代監督を務めた際に契約に盛り込んだ「産休・育休制度」。悩んだ末に監督になることを後押ししたのは、元プロ野球選手の夫からかけられた言葉でした。
元プロ野球選手の夫とは「対照的なタイプ」
── 2012年に元プロ野球選手の江草仁貴さんと結婚されました。以前、テレビで旦那さんが竹下さんの「いい匂いに惹かれた」といっていたのが印象に残っています。
竹下さん:夫とは共通の知人を通じて、一緒に会って食事をしようというところからスタートしました。いつも通り、練習終わりにシャワーを浴びただけなので、香水とかではなくただのシャンプーの匂いだったと思うんですけど。もうこれ、ネタですね(笑)。

── 現役時代は左腕投手として活躍し、現在は指導者として人望の厚さでも知られる旦那さんのどんなところに惹かれたのでしょう。
竹下さん:夫とは性格も考え方も、育ってきた環境もまったく違います。私はゴリゴリに「負けたくない」と常々思ってきた人間ですが、夫は「そんなに争わなくてもいいんじゃない」というくらい穏やかな人で。同じアスリートでも対照的なタイプなのですが、私からするとその考えが新鮮で、夫から学ぶことが多くあります。
── ご結婚後、長男を出産した後は広島で家族3人で暮らしていたと伺っています。
竹下さん:当時は夫が広島東洋カープの現役の野球選手でした。私は、人のサポートが好きなので、専業主婦として夫と息子を支えていこうと思っていました。息子が幼稚園に上がる3〜4歳になるまでは、自分で育てたいと思っていたんです。
でも、そんな私を見て夫がひと言、「ずっと家にいたら息が詰まるから、何か仕事をしたほうがいいよ」と。「それもそうかな」と思い、解説やテレビの仕事を少しずつするようになって、家庭以外でも誰かの役に立つことへのやりがいを感じるようになりました。きっと夫は私の性格をわかって言ったことだと思うのですが、あのままずっと家にいたら、息が詰まってしまったかもしれません。
夫のあと押しで2歳の息子を連れ「初代監督に」
── 2016年に女子プロバレーボールチーム、ヴィクトリーナ姫路の初代監督に就任しました。スポーツ指導者の女性比率はまだまだ低いと伺っていますし、姫路への転居が必要で、そのころ長男は2歳になったばかりだったそうですね。引き受けるにあたって迷いはなかったのでしょうか。
竹下さん:土日に試合もあり、終わる時間帯も読めない仕事なので、正直オファーを受けてから引き受けるべきかかなり迷っていました。チームが立ち上がってすぐで、まだ選手もスタッフも少ないなか、夫と離れて幼い息子とふたりで暮らすことへの不安と、挑戦してみたい気持ちとの葛藤がありました。
1年くらい悩んだのですが、最終的に夫が「あなたの人生だから」と、私のキャリアを応援してくれたことで決断できました。夫に理解があって、チームの手厚いサポート体制もあったからこそ実現できたことだと思っています。
── 見知らぬ土地で、まだまだ手がかかる年の息子さんと始める生活は大変そうなのですが、どうやって子育てと監督業を両立してきたのですか。
竹下さん:発足したてのチームで、オーナーを含め、新しいことを取り入れてくれる風潮がありました。育児のサポートについても契約に盛り込んでもらい、土曜日も預けられる保育園と業務提携してくれました。日曜にも預けられる託児所に個人で登録もして。あとは、たまたまマネージャーが保育士の資格を持っていて、息子が発熱したときや、日曜に面倒を見てもらうことができました。事前に「子どもが優先になってしまう可能性がある」と理解してもらったうえで引き受けられたのがよかったと思います。
── それは心強いですね。3〜4歳までは息子さんの面倒をみていたいと思っていた気持ちの部分は納得できましたか。
竹下さん:子どもと離れて寂しいという気持ちは、監督を引き受けるからには割りきるしかないと思っていました。あとから振り返ってみればですが、子どもって当時のことは覚えていなんですよね(笑)。子どもよりも母親がどう感じるかだとも思いました。
私の場合は、夫から「ずっと家にいたら息が詰まるよ」と言われた通り、仕事と子育てを両立することで息子との向き合い方はポジティブなほうに変わりました。仕事を終えて保育園に迎えに行き、息子が笑顔で走ってくる姿を見られるのが嬉しくて。その顔を見るために仕事を頑張れましたし、帰宅したらそのあとは息子との時間です。仕事と育児のメリハリがついてよかったと思っています。