病気や障がいなどで外出できない人が、自宅にいながら接客や配膳などの仕事を可能にする分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」。吉藤オリィさんがこの開発の着想を得た原点は、ある寝たきり男性との出会いでした。
20年間寝たきりの男性から届いた1通のメール

── 吉藤さんがオープンした「分身ロボットカフェ DAWN Ver.β」では、家から出られない人がロボットの「OriHime」を操作し、接客や配膳をして働いているそうですね。遠隔操作をしているのは、どのような人が多いのですか。
吉藤さん:病気や障がいで外出が難しい人はもちろん、引きこもり経験のある人や精神的な理由で働くことが難しい人など、さまざまな人がいます。100人以上が「OriHimeパイロット」として登録していて、シフト制で働いています。
家から出られないと、社会とつながる機会が減ってしまいますが、OriHimeを使えば、家にいながら仕事をして、お金を稼ぐことができます。精神的な理由で家に引きこもっている人にとっては、社会復帰へのきっかけにもなっています。「人と直接話すことが難しくても、OriHimeとしてならコミュニケーションがとれる」という人はけっこういるのですよ。着ぐるみに入るのと同じような感覚なのかもしれません。
卓上サイズのOriHimeはお客さまへのメニュー説明などを担当し、全長120cmのOriHime-Dが配膳をしています。バリスタのパイロットが遠隔操作をして、コーヒーを淹れる機能を持ったロボットもいます。
──「分身ロボットカフェ」という発想はどのように生まれたのでしょうか。
吉藤さん:OriHimeは当初、病気や不登校で学校へ行けない人の代わりに学校に通うツールとして普及させることを想定していました。でも、学校を卒業した人や、そもそも学校に行っていない人には、学校という居場所がありません。OriHimeがあっても「行く場所」がないのです。
その課題を教えてくれたのが、番田雄太との出会いでした。「OriHime」を製品化するために、2人の仲間と会社を設立して1年半ほど経った頃、突然Facebookでメッセージが届いたのです。番田は4歳のときに事故で脊髄を損傷し、首から下を動かすことができず、20年間寝たきりの生活をしていました。それでも顎だけを使ってパソコンを操作し、自分の思いを伝えたい人たちにメールを送っていました。OriHimeの開発をしている私と「力を合わせたい」と長文で伝えるメールを読んで、私は盛岡の自宅へ彼に会いに行くことにしたのです。
── 1通のメールに応えて、盛岡まで会いに行こうと思われたのはどうしてですか。
吉藤さん:メールから、ものすごい熱量が伝わってきたからです。最初は、本当に顎だけで書いたとは信じられませんでした。番田は「自分のことを知ってほしい」と思う一人ひとりのことを調べ、長い時間をかけて文章を書いて、返信が来なくてもあきらめずに6000人にメッセージを送り続けた。その熱意に驚きました。
私が学校へ行けなかったのは3年半ですが、番田は幼い頃からずっとベッドの上で過ごしている。彼がどういう死生観を持っているのか、すごく気になったのです。
── 実際に会ってみて、いかがでしたか。
吉藤さん:すぐに意気投合しました。番田は、私が人生で最も影響を与えた相手であり、同時に最も影響を受けた人物でもあります。
番田は、寝たきりの孤独な生活のなかで「生きる理由」を探していました。誰かに世話をしてもらって「ありがとう」を言ってばかりいると、「自分はここにいていいのだろうか」という気持ちになる。私も引きこもっていたころ、同じように感じていました。「自分は誰かに必要とされている」「誰かの役に立っている」と実感できることは、生きる理由になります。
番田と同じように、障がいや病気のために、学校や職場などの居場所を持てない人はたくさんいます。番田との出会いでそのことに気づいてからは、家にいながらOriHimeを活用して働ける場所を作ろうと思い至りました。
── 番田さんとの出会いが、「分身ロボットカフェ」につながったのですね。
吉藤さん:残念ながら「分身ロボットカフェ」のオープンを待たずに、番田は2017年に28歳で亡くなりました。亡くなるまで、彼は卓上サイズのOriHimeを活用して私と一緒に全国を飛び回って講演をし、私の秘書を務めてくれました。
彼のアイデアや意見は、OriHimeの進化にもつながっています。たとえば、当初OriHimeには頭と胴体だけしかなかったのですが、番田のアイディアで腕を付けました。言葉や視線だけでなく、私たちは人とのコミュニケーションに意外と手を使っています。手を振ったり、万歳をしたりすることで、関係性が広がりますよね。
アバターではなく、目指すのは本人がいるような「分身」
── 家から出られない人にとっては、メタバースなどの仮想空間も居場所になると思いますが。
吉藤さん:もちろん、それはそれで大切だと思います。私も、引きこもっていた頃はオンラインゲームの世界が居場所になっていました。現実では人と会うのが怖くても、ゲームでは役割があって、仲間がいて、思い出もできました。
ただ、現実社会との接点まで失ってしまうと、新しい出会いや仕事につながる機会はどうしても限られてしまいます。だから私たちが目指したのは、オンラインのアバターではなく、「本人がそこにいる」と感じてもらえる分身です。「今日はAさんが来ているね」「昨日Bさんに会ったよね」と、現実の人間関係が積み重なっていくことが大切だと思っています。
人は、顔と名前が一致する関係を150人くらいしか維持できないと言われています。その限られた関係のなかで、「また会いたい」「相談したい」と自分のことを思い出してもらえるかどうかが、その人の価値になると思います。
だからOriHimeも、誰が操作してもいいわけではなくて。「Aさんと会えた」と思ってもらえることに意味がある。ロボットが接客しているように見えますが、お客さまの感覚はそうじゃない。パイロットである「Bさんに会いに来ました」「Cさんと話せて嬉しかった」と言ってくださる方が本当に多いです。
物を運ぶことや情報を伝えることは、これからAIやロボットがどんどん進化して担っていきます。でも、「あなたに会いたい」「あなたに相談したい」という関係性は、簡単には置き換えられません。
── その人ならではの関係を作れることが、OriHimeの強みなのですね。
吉藤さん:OriHimeは、カフェ以外の場所でも活用されています。たとえば「OriHime日本橋ガイドツアー」では、肩に装着したOriHimeを通して、パイロットが観光案内や通訳をします。パイロットの人柄や知識によって、会話も勧められる店も違うから、「この人と一緒に街を歩いた」という思い出になります。
これからは、「このガイドと一緒に街を歩きたい」「この人が淹れてくれたコーヒーを飲みたい」「この美容師さんに髪を切ってほしい」そう言われることが、ますます価値を持つようになります。AIに置き換えられないのは、そういう「スナックのママ」的な価値のある仕事だと思います。