“ぐっさん”の愛称で、平成の時代に雑誌やテレビで大活躍した谷口紗耶香さん。ティーン誌で活躍後はギャル雑誌で人気を集め、平成女子の憧れ的存在でした。そんな谷口さんは20代で結婚、出産、離婚、再婚を経験し、39歳の現在、4人のお子さんのママに。Instagramでは誰もが憧れるセレブな生活ぶりがうかがえますが、長女とふたり暮らしだったシングルマザー時代には知られざる苦悩があったそう。困難をポジティブに乗り越えてきた秘訣を伺いました。

平成のカリスマモデル、知られざる「離婚後」

── 小学生でデビューし、朝の小学生向け番組『おはスタ』や雑誌『Seventeen』などで活躍し、その後は『Happie nuts』などギャル雑誌に転向。仕事を続けながら、20代で結婚されたそうですね。

 

谷口さん:小中学生の頃にローティーン向け雑誌に出ていると、その後はキレイ系やナチュラル系のお姉さん雑誌に移行してくモデルが多いのですが、私は高校生で当時流行っていたギャルに目覚めてしまって。そのままギャル雑誌に移行した珍しいパターンだったと思います。

 

谷口紗耶香さん
ママになった現在もスタイルは健在の谷口紗耶香さん

アパレルに興味があったので、芸能やモデルの仕事をしつつ、20代からは渋谷でアパレルの仕事をしていました。最初の結婚は22歳。25歳で長女を産みましたが、仕事は出産後も続けていました。

 

── 渋谷はギャルの聖地で、当時は「カリスマ店員」という言葉もブームでしたね。その後、離婚してシングルマザーになり、生活に苦労された時期があったそうですね。

 

谷口さん:ちょうどママタレントやママモデルが世に出始めた頃で、私もそういう方向に行けたらいいなと思っていたのですが、結婚から2年後に離婚しました。今の主人と結婚するまで、シングルマザーとして長女を育てていた期間が2年ほどあり、生活するのに必死でした。

 

── 特に大変だったことはなんでしたか。

 

谷口さん:経済面での不安が常にありました。長女とふたりで暮らしていたころは、「今月の家賃ちゃんと払えるかな」という月もあって、生活の心配は尽きなかったと思います。

 

── 当時はどんな仕事をしていたんですか?

 

谷口さん:アパレルとWEBのファッションモデルの単発の仕事をしていました。朝、娘を保育園に預けてそのまま仕事に行って。家計が厳しいときは親に頼ったこともありました。生活は節約を心がけていたものの、月に1回はご褒美で、娘と外食に行こうと決めて。苦労も緩和しながら生活を送っていました。

 

── 若くして数々の雑誌で活躍し表紙を飾っていた過去があったと思うのですが、ご自身の名前が出ない仕事をすることへの抵抗はなかったのですか。

 

谷口さん:プライドなんて何もなかったです。生活をしていくのに必死で、その日その日を精一杯生きるという感じでした。シングルマザーだった頃は、とにかくいただける目の前のお仕事に一生懸命取り組んできました。

 

── 子育てはお金がかかると言われています。どうやりくりされていたんですか。

 

谷口さん:娘の洋服は、ファストファッションや子ども用品店でお手頃なものを買っていました。食事は、仕事の現場に行けばお昼が出ましたし、娘は保育園で給食があるので、朝と夜の食事を自炊していました。モデルの仕事をしていてダイエットをしていたので、私はきのこや野菜中心の食事で。娘もまだ小さく、たくさん食べるわけではなかったので食費は抑えられていたと思います。

 

── Instagramでセレブな生活ぶりが話題になっているので、そんな過去があったとは知りませんでした。小さかった娘さんを抱えての生活は大変だったのでは。

 

谷口さん:昔から子どもがほしいと思っていたので、長女の存在が私の支えになっていたことは間違いありません。それに、いつも味方でいてくれた母に頼ることができたのと、友達の存在は大きかったです。ギャル雑誌で一緒にモデルをしていた友達に同い年の子どもがいて。時間を見つけては、子育ての悩みを相談し、励まし合いながら一緒に育ててきて気持ちの面でも助けられていました。

 

今は子どもが4人に増え、食費もかかるようになったので、日頃から激安スーパーや八百屋さんと値段を比較して買い物をしています。過去の苦労があるので、生活自体は今も節約を心がけています。