「子どもには寂しい思いをさせた」。24歳でシングルマザーとなり、平日は制作会社、土日はコンビニでバイト…。必死に働くほど娘との時間は消えていく、そんな矛盾に苦しんだ木村尚子さん。小1の壁にぶつかり、退路を経って起業した先で開発した商品に託したのは、自分が夢描いた、温かい家族の形でした。テレビの取材が殺到し、有名企業とのコラボも尽きない「おやさいクレヨン」を生んだ、ある親子の物語。

必死に働くシンママが直面した「小1の壁」

木村尚子
「おやさいクレヨン」を作った木村尚子さん

── 木村さんは青森県出身。家庭環境が複雑で、子どもの頃からひとりで過ごすことが多かったそうですね。

 

木村さん:ひとりで家にいる時間が長く、絵を描いたり飼っている犬や猫と過ごしているのが幸せでした。

 

── 起業されるまでは会社員だったんですよね?デザイナーをされていたとか。

 

木村さん:はい。地元・青森にある編集プロダクションのような制作会社で、情報誌の制作をしていました。学生時代から何かものづくりに関わる仕事がしたかったのと、ちょうど世の中にWindowsやMacが流通し始めた頃だったので、パソコンを使ってデザインする仕事は需要がありそうだと思って就職しました。

 

── お子さんは何歳で出産されたのですか?

 

木村さん:24歳のときです。専門学校を出て4年ほど働いた頃になります。でも、相手も私もお互い若くて結婚生活はうまくいかず、すぐにシングルになってしまい。働きながらひとりで子育てしていました。子どもが保育園に通っている間はそれで何とかやっていけたのですが、業界的に残業や、夕方から急ぎの仕事が入るようなことも多かったため、子どもが小学生になったときに「小1の壁」にぶつかってしまいました。

 

── 保育園のように遅くまで預かってもらえる場所が減りますよね。

 

木村さん:そうなんです。子どもと一緒にいる時間を削って長時間働く意味を見出せなくなり、2012年、33歳のときに独立することを決めました。