就職後に態度が一変「お姉ちゃん、家がほしい」
── 大学卒業後に、アナウンサーとしてテレビ局に就職しました。お父さんとの関係は変わりましたか。
町さん:アナウンサーになってからの父は、「ほら、俺の言った通りだろ」と手のひらを返したような振る舞いで(笑)、理不尽に家を追い出されることはなくなりました。入社2年目には父から「お姉ちゃん、相談があるんだけど。家がほしい」と言われました。当時、私自身は住宅ローンを組むことはできなかったので、父が組んだローンの返済を、私と弟の収入を合わせてなんとかマンションを購入できました。「そうか、父が優しくなったのは私の給料をあてにしたからか」とも思いましたが、就職してから、ようやく父の理不尽な束縛から解放されました。父に認められるために頑張ったわけではありませんが、本当に長い闘いが終わったという感じでした。
── 町さんが就職してから4年経って、お母様が亡くなられ、そのあとを追うようにお父様も亡くなられたと伺いました。
町さん:母に末期の子宮頸がんが見つかり、すでに骨盤やリンパ節にも転移していました。母を想う父の気持ちは変わらず深く、入院中も毎日病院に通っていました。母に人生のすべてを捧げ、母のために生きていた父は、母が亡くなってから5年後に後を追うように死んでしまいました。
父の抱えていた喪失感は想像以上に大きく、心がポッキリ折れてしまい、お酒の量がさらに増えてしまいました。酒に溺れた父は「ウェルニッケ・コルサコフ症候群」というアルコール依存と栄養失調で脳が委縮する病気と診断され、せん妄や錯乱症状が出たり、最後は足が麻痺したりしていました。その前に患っていた胃がんが原因ではありますが、結果として自分で自分の寿命を縮めるような形になってしまって。
「妻が亡くなって、まさかこんなに立ち直れないとは思っていなかった。子どもたちには迷惑かけている」と父が言って号泣していたと、亡くなったあとに知人から聞きました。私はそれを聞いて、父が誰かに弱音を吐けていたのは良かったと思うとともに、家族、特に私には本音を言うことはできなかったんだと思いました。家族だからこそ難しいですね。父は困っているときに誰にも「助けて」と言えず、お酒に逃げることで、心身ともに自分を追い詰めてしまいました。